生物多様性条約第17回締約国会議(CBD-COP17)に、IUCN-Jのインターンとして参加しています。会期中は、海とエネルギーに関する話題に注目し、関連するサイドイベントにもいくつか参加しました。
オーシャンパビリオンで開催されたあるイベントでは、Earth Insight(環境NGO)が「新たに見つかる油田の85%は海にある」と紹介しており、印象に残りました。石油・ガスの生産は今も陸上が中心ですが、新たな開発の舞台は海へと移りつつあります。気候変動対策の柱である洋上風力発電も、世界中の海で広がろうとしています。エネルギー産業は、これまで以上に海の自然と深く関わるようになっているのです。
では、エネルギー企業は海の自然をどう守っていけばよいのでしょうか。このブログでは、COP17で参加したいくつかのセッションをもとに、この問いについて考えます。
企業が示した「海への貢献」
IUCNパビリオンでは、石油・ガス業界の国際団体IPIECAが、IUCNなどと協力してまとめた「海洋ネットポジティブ影響(NPI)原則」を発表しました。ネットポジティブとは、事業が自然に与える悪影響を上回る良い影響を生み出すことです。この原則は、企業が海で掲げる「ネットポジティブ」の約束を、数字で示せる実際の成果につなげるための共通の手引きです。原則は8つあり、主なポイントは次の3つです。
- 海を広い範囲で捉える:海の生き物は広く移動するため、事業地だけでなく周辺の海全体(シースケープ)を見る
- 回避を最優先する:まず悪影響を避け、次に減らし、それでも残る影響だけを埋め合わせる
- 効果を測れる保全活動を追加で行う:事業の影響を埋め合わせるためではなく、事業地周辺の海をより良くするための活動に取り組み、その成果を数字で示す
会場では、原則の考え方を先取りするような企業の事例も紹介されました。「効果を測れる保全活動」の例として紹介されたのは、英国の石油大手Shellの紅海での取り組みです。同社は、ダイビング船の錨がサンゴを傷つけている問題に着目し、船をつなぐための係留ブイを32基設置しました。錨を下ろさずに済むことでどれだけのサンゴの破壊を防げたかを、ブイを利用する船の数などから計算しています。また、「地域との協力」の例としては、米国のエネルギー企業Enbridgeの事例が紹介されました。同社がメキシコ湾の沿岸で住民の話を聞くと、釣りや観光を支えてきたフエダイの仲間(レッドスナッパー)が、ハリケーンですみかを失い姿を消しつつあるという声が上がったそうです。そこで同社は、地元のNPOによる人工魚礁づくりを支援しました。その結果、当初は7種類の魚しか確認されない「海の砂漠」だった海域に、レッドスナッパーをはじめ多くの魚が戻ってきたそうです。(なお、同社はこれを自社の「ネットポジティブ」の成果として主張するものではないとしています。)
この原則は、石油・ガスだけでなく洋上風力にも使える「共通言語」を目指しています。洋上風力をテーマにした別のセッションでも、風車の杭を打つときの騒音を抑える工法や、風車への衝突など鳥への影響を把握するために、AIで鳥の動きを調べる技術など、自然への影響を減らす工夫が紹介されました。また、風力発電所のエリアの中では底引き網漁が制限されるため、結果的に海底の生き物を守る場所になりうる、という指摘もありました。
現場から上がる「脅威」の声
一方、海洋パビリオンの別のセッションでは、各国の市民団体が石油・ガス開発による脅威を訴えました。発表した団体の分析では、保護区の外にある重要な生物多様性地域(KBA)の19%が、石油・ガスの開発区画と重なっているといいます。
ケニア東部のラムでは、大規模な製油所の建設が始まりましたが、環境影響評価はまだ公開されておらず、地域の人々への説明も十分ではないと報告されました。ラム周辺は、ジュゴンやウミガメが暮らす豊かな海です。アルゼンチンのサン・マティアス湾では、2022年、石油の輸出拠点をつくるために、湾を守ってきた州の法律がわずか数時間で改められました。計画中の天然ガス運搬船の航路は、出産の時期に約2,000頭のミナミセミクジラが利用する海域と重なっています。カメルーンでは、2025年に入札にかけられた開発区画の多くが、マングローブ林や国立公園と重なっていました。いずれの地域でも、暮らしや文化への影響を心配する人々の不安が高まっており、開発に反対する声も強まっています。
ブラジルの漁業者団体の代表は、石油の流出事故だけでなく、海底資源を探るための強い音波が魚に与える影響や、海上施設のさび止めに使われる亜鉛による汚染など、「知られていない影響」が多いと語りました。そして、「石油企業こそ、この場に来て私たちの声を聞くべきだ」と訴えていました。
企業と市民団体がともに重視する3つのポイント
企業と市民団体の立場は正反対に見えますが、両者の話を聞くと、どちらも次の3つを重視していることが分かりました。
①対策や保全活動より先に、まず場所選び
洋上風力のセッションでは、「どこに建てるかが、洋上風力事業を進めるうえで最も重要な決定だ」という言葉が印象に残りました。場所次第で、自然への影響も、漁業など地域の暮らしへの影響も大きく変わるからです。場所が決まってしまえば、あとは影響を減らす工夫しかできません。NPI原則が回避を最優先とするのも、市民団体が「かけがえのない自然が残る場所は、そもそも開発に向かない」と訴えるのも、同じ問題意識からです。
②正しく測り、第三者が確かめること
NPI原則の発表では、会場から「企業が『ネットポジティブを達成した』と主張しても、それが本当かを誰が確かめるのか」「グリーンウォッシュ(見せかけの環境配慮)ではないのか」と、登壇した企業に厳しい質問が相次ぎました。これに対し企業側は、第三者が審査する社会の仕組みがまだないため、外部の専門家による独立した委員会などで補っていると答えました。別の企業の担当者は、「会社全体がネットポジティブだとは主張しない。あくまで事業地単位の話だ」とも述べています。IUCNの担当者は、絶滅危惧種への悪影響を残したまま、別の場所の保全で埋め合わせることは認められないと強調しました。海は陸に比べてデータが少なく、測ることも確かめることも難しいのが現状です。
③地域の人々と話し合い続けること
どのセッションでも繰り返されたのが、地域の人々との関わりです。モルディブの元環境大臣は、太陽光発電所をつくった際、住民への説明が足りず強い反発を受けたと振り返りました。一方、サメ漁を禁止したときは、漁具の買い取りや基金で漁業者の生活を支え、10年後には漁の再開を求める声はなくなったそうです。ケニアでは、市民団体がまとめたリスク評価の提言の約7割が、ある開発事業の許可条件に取り入れられ、住民自身が条件が守られているかを監視する仕組みもつくられたといいます。
所感
企業は海の自然をどう守るか。セッションを聴いて最も強く感じたのは、地域の人々との適切な関わりなしでは守れない、ということです。
NPI原則のような仕組みは、企業が海に貢献するための共通の物差しになりえます。しかし、別の場所でどれだけ優れた保全活動を行っても、守るべき海そのもので開発が進めば意味がありません。どこで開発し、どんな保全を行うかは、その海で暮らす人々の声を抜きには決められません。Enbridgeやモルディブの例のように、地域の人々が納得し、ともに取り組んでこそ、保全の成果は生まれ、続いていきます。そして、開発を認めるかどうかを最終的に決めるのは政府です。サン・マティアス湾のように、保護を約束しながら開発のために法律を変えてしまえば、「海の30%を保護する」といった国際目標も、紙の上だけのものになってしまいます。
これは、30by30(海と陸の30%を2030年までに保全する目標)の「質」の問題でもあります。WWFなどのセッションでは、「保護区の面積を増やすことも大事だが、より大切なのは質だ」と繰り返し強調されていました。中でも多かったのは、指定されただけで十分に管理されていない保護区が多いことと、その海に暮らす人々が保護区の計画や運営に十分に関われていないという指摘です。COP17の交渉(議題18(c))でも、海の保護区の多くでこうした質が足りないと懸念されていました。保護区をいくら増やしても、その中やすぐ隣で大規模な開発が進めば、保護の質は損なわれてしまいます。30by30を「数字の達成」で終わらせないためにも、政府が保護区の指定とエネルギー開発の判断を一体で考えること、そして企業も保護区の周りを含めた海全体を見て事業の場所や保全活動を選ぶことが欠かせないと感じました。
ただ、企業も市民団体も地域の人々との関わりを重視していたのに、両者はそれぞれ別の部屋で話していました。テーマごとに会場が分かれるのは自然なことですが、後から振り返ると少しもったいなく感じます。企業と市民団体がそれぞれの場で話すだけでなく、政府や地域の人々も交えて同じテーブルで「どこで、どうやるか」を決めていくこと。それが、エネルギー産業が海の自然を守る側に回るための条件だと感じました。
筑波大学大学院/IUCN-Jインターン
福井涼士
参考文献
- IPIECA, IUCN「Principles for marine net positive impact」(2026年10月27日)https://www.ipieca.org/resources/marine-npi-principles
- Earth Insight「Fossil Fuel Threats to the Ocean: Marine Life and Coastal Communities at Risk」(2026年6月)https://assets.takeshape.io/17e2848c-4275-4761-9bf5-62611d9650ae/dev/2cdb34bd-70b3-4139-822e-89aa15fdacaf/WebSpread-EI-OceansReport2026.pdf
- WWF「Beyond the Percentage: Delivering 30×30 in the Ocean」 https://wwfint.awsassets.panda.org/downloads/wwf-beyond-the-percentage-report.pdf
(全て2026年10月30日閲覧)























