アルメニア・エレバンで開催されている生物多様性条約第17回締約国会議(CBD-COP17)に、IUCN-Jのインターンとして参加しています。今回は、私が追いかけている議題14「生物多様性の主流化と地方政府の参画」について、何が論点になっているのか、そして交渉初日に何が起きたのかをまとめます。
議題14の概要
議題14は、次の2つの小議題に分かれています。
- 議題14(a):生物多様性の主流化※1
- 議題14(b):昆明・モントリオール生物多様性枠組(KMGBF)の実施を強化するための、地方政府・都市・その他の地方当局※2の参画
※1 生物多様性の主流化:
生物多様性への配慮を、環境省のような環境部局だけでなく、農業・漁業・林業・エネルギー・インフラ・金融など、あらゆる分野の政策や企業の意思決定に組み込むこと。生物多様性を「環境問題の一つ」ではなく、社会や経済の当たり前の前提にしていく取り組みです。※2 地方当局:
地域の行政を担う自治体などのこと。ここでは特に、都市計画や土地利用、緑地の管理など、地域の自然に直接関わる決定を担う主体としての役割を指します。
14(a)の決定案には、まず「主流化の進捗はKMGBFの目標を達成するには未だ不十分である」という共通認識が書かれています。そのうえで、締約国に対して、企業による自然関連データの開示の促進、有害なインセンティブ※3の廃止、セクター別移行計画※4の策定などを求める内容になっています。
※3 有害なインセンティブ:
自然を損なう活動を結果的に後押ししてしまう補助金や税制優遇などのこと。たとえば、農薬の購入補助は、農薬の過剰な使用を促し、結果的に昆虫や水辺の生き物など周辺の生態系に悪影響を及ぼすことがあります。KMGBFのターゲット18は、こうしたインセンティブを2030年までに年間5,000億ドル以上削減することを掲げています。※4 セクター別移行計画:
「セクター」とは、農業、漁業、林業、エネルギー、建設、金融といった経済・産業の分野のことです。「移行計画」とは、自然に大きな負荷をかけている現在の事業や生産のあり方から、KMGBFの目標に沿った自然と両立するあり方へ、どのような道筋で移っていくかを示す計画です。
14(b)の決定案は、KMGBF全体の実施を進めるため、締約国に対して地方当局の参画を奨励するよう求めるものです。
COP17では、こうした内容を明記した決定案の文書について、細かな表現やニュアンスをめぐる議論が進められています。交渉初日に扱われたのは、このうち14(a)「生物多様性の主流化」です。
交渉の実態:「ほぼ出来上がった文章」の言葉選び
「議題」と聞くと、そのテーマについて各国がアイデアを出し合う場を想像しがちです。今回であれば、「生物多様性の主流化を進めるにはどうすべきか」を各国が自由に議論し合う、といったイメージです。
ところが実際は、主流化を推進するために締約国がとるべき行動をまとめた文章について、その細かい表現やニュアンスを一つひとつ議論していきます(時には、Microsoft Wordを大画面でシェアしながら)。簡単に言えば、ほぼ出来上がった文章の単語や表現を調整し、少しだけ追記する作業です。内容の骨格はほとんどできていて、あとはニュアンスを詰めていく、というイメージに近いと思います。
これは、COPが最終的な公式文書をつくる場だからです。COPまでの間に、SBSTTAやSBI※5といった補助機関の会合が開かれ、COPで確認する正式文書の下書きがつくられます。議題14の下書きも、2026年8月にナイロビで開かれたSBIの第7回会合でまとめられたものです。
※5 SBSTTAとSBI:
生物多様性条約の補助機関です。SBSTTA(科学技術助言補助機関)は科学的・技術的な観点から、SBI(実施補助機関)は条約の実施状況の観点から議論を行い、COPで最終的に決める決定案の下書きをつくります。
下書きのうち、ニュアンスや単語・表現について各国の意見がまとまっていない部分には、[](ブラケット)が付いています。COPでの議論は、基本的にこのブラケット部分について進められます。ブラケットが付いていない部分は合意済みというのが前提ですが、実際にはそこにも変更を求める国が少なくありません。

国際会議でWordが使われている様子。2025年のCBD-SBSTTA27にて撮影
論点
14(a):各国の政策に、CBDはどこまで踏み込むか
14(a)の論点を一言でまとめると、各国の政策にCBDの決定がどこまで踏み込むか、という点にあります。
第6項(締約国への要請)
- (a):各国の計画(NBSAPs※6)がKMGBFの目標を達成するうえで足りていないと決定文に書くか。書くなら、どこまで厳しく書くか
- (b):企業・金融セクターについて、自然へのリスクに対する企業の責任に加え、自然関連の機会の活用や、NbS・EbA※7の推進を書き加えるか
- (c):「有害なインセンティブの廃止」を明記するか
- (d):セクター別の移行計画を各国に求めるか
- (g):「持続可能な利用※8と、経済・生産活動への統合」について(本文のほかに代案が4つ)
-
- 「利用が保全の手助けとなる」と書くべきか
- 利用の歯止め(「あらゆる利用と影響が持続可能であることを確保する」という条件)を付けるべきか
- 対象を農業・林業・漁業に限定するべきか
※6 NBSAPs(生物多様性国家戦略及び行動計画):
各締約国が、KMGBFの目標を自国でどう達成するかを定めた国家戦略と行動計画のこと。日本では「生物多様性国家戦略」がこれにあたります。※7 NbSとEbA:
NbS(自然を基盤とした解決策)は、森林や湿地などの生態系を守り、回復させることで、気候変動や災害、食料・水の問題といった社会課題の解決を図る考え方です。EbA(生態系を活用した適応)は、そのうち特に気候変動への適応に生態系を活かすアプローチを指します。※8 持続可能な利用:
生き物や生態系の恵みを、将来にわたって減らさない範囲で利用すること。保全、遺伝資源の利益配分と並ぶ、生物多様性条約の3つの目的の一つです。
第7項(事務局への要請)
- (a):事務局が各国に共有する手法の中に、「保全を支える手段としての持続可能な利用」を含めるか(第6項(g)とも関わる論点です)
- (d):企業・金融セクターに生物多様性を組み込むために、CBD事務局がどのような支援作業(ガイダンスやキャパシティビルディング※9支援などによる道筋づくり)を行うか。本文と4つの代案、計5つの案のうちどれを採用するか
備考:第7項(d)の各案と事務局の支援作業の対応
※9 キャパシティビルディング:
政策を実行するための人材、知識、技術、組織などの「能力」を育てる取り組みのこと。研修の実施や専門家の派遣、技術移転などを通じて、特に途上国が自らKMGBFを実施できるよう支援することを指します。
14(b):IPLCsを地方当局として扱うか、資金の流れにCBDがどこまで関与するか
14(b)の主な論点は、IPLCs※10を地方当局として扱うかどうかと、地方への資金の流れにCBDがどこまで関与するかの2点です。
※10 IPLCs(先住民族及び地域共同体):
Indigenous Peoples and Local Communitiesの略。土地や自然資源と深く結びついた暮らしや伝統的な知識を持つ人々のことで、生物多様性条約では保全の重要な担い手として位置づけられています。備考:近年、「マタギ」や「アイヌ」のようなローカルコミュニティ(IPLCs)を、自治体のような行政機構と同じレベル感で扱う国が生まれています。
- 第2項:政府間の調整・連携の対象として、先住民族による地方政府を含めるか
- 第6項:IPLCsを地方当局として認めるか
- 第11項:地方当局に対して、KMGBFの実施を支える仕組みやプラットフォームへの参画をさらに奨励するか
- 第12項(事務局への要請)
- (b):地方に生物多様性の資金がどの程度届いているかを取りまとめるか。取りまとめるなら、資金へのアクセスを妨げている障壁や、アクセスを強化する機会についてもまとめるか
- (c):地方政府の役割についてのレビューを行うか
初日の論点と進捗
議論になった箇所は次のとおりです。
- 14(a)全体の導入部分(過去の決定の確認や現状への認識など、各国への要請の前提となる内容が書かれている部分):目標と現状のギャップに関するブラケット
- 第6項の導入部分:IPBES※11の評価報告書の扱いに関するブラケット
- 第6項(a):目標と現状のギャップに関するブラケット
- 第7項(d):CBD事務局が今後行うべき仕事内容に関するブラケット
※11 IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム):
生物多様性と生態系サービスの現状について、科学的な知見を評価し、政策決定者に提供する政府間組織です。「生物多様性版のIPCC」と呼ばれることもあります。
主な白熱ポイント
① 14(a)全体の導入部分:「ギャップ」の中身を明示するか
導入部分には、「生物多様性の主流化における進展は、枠組みのゴールとターゲットを達成するには依然として不十分であり、既存の[野心と実施の]ギャップを埋めるためにさらなる努力が必要であることを認識し」という記述があります。ここで、ギャップの中身を「野心のギャップ」と「実施のギャップ」※12と明示するかが争点になりました。
※12-1 野心のギャップ(ambition gap):
各国が掲げた目標そのものが、KMGBFの世界目標を達成するには低すぎるという「目標の不足」を指します。※12-2 実施のギャップ(implementation gap):
目標は掲げていても、資金や人材、制度の不足によって実行が追いついていないという「実行の不足」を指します。
結果として、実施のギャップについては明記することが決まったものの、野心のギャップについては意見がまとまらず、ブラケットが付いたまま先送りとなりました。
② 第6項(a):締約国をどこまで強く縛るか
第6項(a)では、2つの方向性がぶつかりました。一つは、「主流化に関する[NBSAP[及び国別目標]の]ギャップに対処する」と書き、締約国に求める取り組みの範囲を比較的狭くとどめる案です。もう一つは、「[[野心の面での]]ギャップに対処し、枠組みの全ターゲットにわたる主流化関連の要素をすべてカバーする」と書き、締約国により広く高い水準の取り組みを求める案です。
結果として、第6項(a)の内容を同じ第6項の(b)の中に組み込む、という構成で進めることが決まりましたが、肝心の文章の中身は全くまとまりませんでした。決まったのは、文章の置き場所が変わることだけです。
③ 第7項(d):キャパシティビルディング関連の支援業務を事務局にさせるか
第7項(d)では、まず代案1のブラケットを外そうと試みられましたが、まとまりませんでした。代案1にはキャパシティビルディング支援についての記述がなく、そこを重視する国が追記を求めたためです。結局、ブラケットは外れないまま先送りとなり、それどころか「代案1の代案」がつくられる事態になりました。

所感
交渉を見ていて感じたのは、先進国と新興国(BRICSなど)という対立の構図です。
ギャップをめぐっては、先進国が「野心のギャップ」を明記するよう求めたのに対し、新興国は「実施のギャップ」への対処に重点を置き、野心のギャップには明確に触れないよう求めました。
この違いの背景には、各国が置かれた立場の違いがあると考えます。EUは、域内ですでに制度が整えられており、各国が掲げる主流化の目標の水準そのものを引き上げる議論で不利になりにくい立場にあります。そのため、各国の目標の低さを「野心のギャップ」として明記し、全体の水準を底上げしたいのだと思います。一方、新興国は資金や技術の制約から、目標を控えめに設定せざるを得ない可能性が考えられます。そうした事情があるにもかかわらず「野心のギャップ」を明記されることは、自国で決めた目標が不十分だと国際的に名指しされることに近く、受け入れにくいはずです。さらに、問題の中心を「実施のギャップ」に置けば、実行を妨げている資金や技術の不足、つまり先進国による資金・技術支援の必要性に議論の焦点を移すことができます。
キャパシティビルディングの支援についても、先進国は不要とし、新興国は必要とする構図でした。
これも、誰が費用を負担し、誰が支援を受けるのかという立場の違いから説明できると考えます。事務局に新たな支援業務を課せば、その費用は、半分以上を先進国が拠出している条約の予算から賄われることになります。また、キャパシティビルディングは別の議題(議題12)でも扱われており、先進国からすれば、ここで重ねて書くのは過剰に映ります。一方、新興国や途上国にとっては、「既存のガイダンスを周知する」だけでは実際に使える支援につながりにくく、研修や技術移転といった具体的な支援を事務局の仕事として明記させることに実利があります。
備考:条約の予算(一般信託基金)は、国連の分担率をもとに、一国あたりの上限を22%、後発開発途上国を0.01%以下として各国に割り振られています。
また、第7項(d)では、議論の進め方そのものに疑問を感じました。代案がたくさんあるのだから、その中からどれを選ぶかを決めればよいはずです。ところが、各案の中にもブラケットがある(つまり、まだ内容を変えられる)せいで、議論が各案の中身そのものに入り込んでいました。代案の中身を変えてしまえば、わざわざ代案をつくった意味がほとんどなくなります。その意味で、あまり本質的な議論ではないと感じました。
結局、3時間の議論で進んだのは、体感で全体の2%ほどです。言葉一つをめぐって、必要以上に思えるほど長い議論が続く様子を前に、国際会議の本質とは何なのかを考えさせられた一日でした。
筑波大学大学院/IUCN-Jインターン
福井涼士























