生物多様性条約第17回締約国会議(CBD COP17)は、10月27日、各国の閣僚級代表が参加するハイレベル・セグメントが始まり、会議は最終的な合意に向けた重要な局面を迎えました。

政府間交渉では、生物多様性保全に必要な資金を誰が負担するのか、途上国や地域社会にどのように届けるのかといった問題をめぐり、各国の意見の隔たりが続いています。一方、資金メカニズムの改善や、先住民・地域社会の保全活動に関するガイドライン、科学的知見の活用などでは、部分的な進展も見られました。

会場では、山岳・淡水生態系の保全、女性の参画、生物多様性教育、企業・金融機関の取組など、多様なテーマのイベントも展開されました。日本とフランスが連携したネイチャーポジティブ経済に関するサイドイベントも開催され、国際的な目標を具体的な経済活動や資金の流れにつなげるための議論が行われました。

1.閣僚級会合が開幕――2030年目標の達成に向けて政治的な決断を

27日、COP17議長を務めるアルメニアのハンバルズム・マテヴォシャン環境大臣のもと、閣僚級ハイレベル・セグメントが開幕しました。冒頭では、生物多様性分野に貢献してきた3名の関係者を追悼する黙祷が行われました。続いて、国連環境計画(UNEP)のインガー・アンダーセン事務局長は、土地・海洋利用の変化、生物の過剰利用、気候変動、汚染、侵略的外来種といった生物多様性損失の直接的な要因に対処するには、社会の変革が必要だと訴えました。

生物多様性条約(CBD)のアストリッド・シューマーカー事務局長は、経済のあり方を形づくる意思決定の中に生物多様性を組み込むことの重要性を強調しました。その後、昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)の実施を加速させるためのパネル討論や、各国政府代表による声明が行われました。

今回のCOP17では、GBFの初めてのグローバルレビューが行われています。その結果からは、現在の取組のペースでは2030年目標の達成が難しく、各国の行動と、それを支える資金や技術などの実施手段を大幅に強化する必要があることが明らかになっています。前日の26日には、グローバルレビューの結果を2030年までの政策や活動の優先順位づけに活用することについて、交渉グループで重要な妥協が成立しました。

一方、資金動員などの主要議題には依然として対立が残っています。閣僚級会合の開始により、こうした問題を技術的な文言調整だけでなく、政治的な判断によって解決する段階に入ったといえます。

2.資金動員をめぐる対立――政治レベルでの調整が焦点に

27日のコンタクトグループ交渉で、特に難航していたのが資源動員です。GBFでは、2030年までに生物多様性のための資金を年間2,000億米ドル以上動員することを目指しています。しかし、その資金をどのように確保するかについては、先進国と途上国の間で大きな意見の違いがあります。今回の交渉では、従来の資金供出国に加えて、資金を提供する主体の範囲をどのように広げるかが主要な争点となっています。

27日には、共同議長が各国の意見の一致点と相違点を整理した新たな文案を示し、より高い政治レベルでの協議につなげることを提案しました。しかし、一部の国からは、これまで提示されていた複数の選択肢に立ち戻るべきだという意見も出されました。交渉の進め方自体についても意見が分かれ、非公式協議を続けることになりました。また、資金を配分する国際的な仕組みの基準についても、各国の主体性、資金へのアクセス、既存の金融制度との関係などをめぐる調整が続いています。

一方、資金メカニズムに関する別の交渉では、前進もありました。生物多様性のための新規・追加的な資金拠出を、さまざまな資金源から促すことや、グローバル生物多様性枠組基金(GBFF)について、事業の承認や資金支払いに要する期間を短縮し、透明で予測可能な手続きを整備する方向で合意が進みました。

26日には、地球環境ファシリティ(GEF)の第9次増資に向けた拠出表明額が約44億米ドルに近づいたことも発表されています。ただし、この規模は前期GEF-8の約53.3億ドルを依然として下回っています。

資金の拠出を増やすことに加え、実際に保全活動を担う国や地域社会に資金を届ける仕組みを改善することが、重要な課題となっています。

3.自然保護の質と公平性を高める――先住民・地域社会、森林、海洋の議論

27日は、保護地域や生態系回復に関わる議論でも進展がありました。先住民・地域社会(IPLC)に関する交渉では、GBFのターゲット2(生態系の回復)とターゲット3(30by30)への貢献を支える任意ガイドラインが検討されました。生態系回復において、伝統的な知識や、自由意思による事前の十分な情報に基づく同意(FPIC)を尊重すること、地域社会の慣習的なガバナンスを認識することなどで合意が進みました。

一方、先住民・伝統的領域の位置づけや、人権に基づくアプローチをどのように扱うかについては、意見の隔たりが残っています。

森林生物多様性の議論でも、ジェンダーへの配慮について妥協が成立した一方、森林保全措置と国際貿易ルールとの関係、環境人権擁護者の保護などでは合意に至りませんでした。

海洋分野では、生態学的・生物学的に重要な海域(EBSA)を記述する際のピアレビューに関する任意ガイダンスについて前進しました。しかし、国家管轄権外区域の海洋生物多様性に関するBBNJ協定との協力のあり方や、専門家グループへの多様な主体の参加については、引き続き調整が必要となっています。

こうした議論に共通しているのは、自然保護を単に面積や活動量で評価するのではなく、保全の質、地域社会の権利、公平な意思決定まで含めて考える必要性です。

4.科学的知見を政策と実践へ――IPBESとの連携で前進

科学と政策の連携については、IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)の成果をCBDの実施に活用する議論が行われました。27日の交渉では、IPBESの「ネクサス評価」と「社会変革評価」の政策決定者向け要約を歓迎することや、これらの評価に加えて「ビジネスと生物多様性評価」の知見を適切に考慮することについて合意が進みました。ネクサス評価は、生物多様性、水、食料、健康、気候変動の相互関係を分析したものです。社会変革評価は、生物多様性の損失を止め、回復に向かわせるために必要な社会の変化を扱っています。ただし、ネクサス評価で示された71の対応選択肢を決定文書にどのように位置づけるかについては、意見が分かれています。科学的な知見を共有することと、その知見を具体的な政策に反映することの間には、依然として課題があります。

また、議長国アルメニアは27日、衛星観測や人工知能などの技術を活用して生物多様性モニタリングを支援する「Yerevan Technology Hub for Biodiversity Monitoring」を発表しました。この構想は、国連食糧農業機関(FAO)とIUCNが共同で主導するものです。各国のモニタリング能力を高め、データ不足を補い、保全の進捗をより正確に把握することを目指しています。科学的な知見や技術を、国際的な目標の達成にどう活用するかという点でも、具体的な動きが生まれています。

5.山岳と淡水生態系を一体で守る――エレバン・プラットフォーム

議長国アルメニアは、山岳とそれに関連する淡水生態系の保全を進める「エレバン・プラットフォーム(Yerevan Platform on Mountains and Related Freshwater Ecosystems)」の立ち上げを発表しました。山岳地域は、多くの固有種や貴重な生態系を育むとともに、下流域の人々に水を供給する重要な役割を担っています。

しかし、気候変動による氷河の融解や水資源の変化、生息環境の悪化など、山岳・淡水生態系は複合的な課題に直面しています。このプラットフォームは、山岳生態系と淡水生態系を一体として捉え、国際協力や各国の政策への反映を進めようとするものです。自然保護を行政区域や個別の生態系だけで考えるのではなく、山地から河川、湿地、下流域へとつながる広い地域の中で考える視点は、日本の流域保全やランドスケープ単位の取組にもつながります。

6.女性の生物多様性保全への貢献を可視化――Women’s Biodiversity Outlook

27日には、CBD Women’s Caucusによる初の報告書「Women’s Biodiversity Outlook 2026」が、Women’s Forumで正式に発表されました。

この報告書は、世界各地の71の事例を通じて、女性が生物多様性の保全や回復に果たしている役割を明らかにしています。森林や湿地の保全、種子や食料システムの維持、自然資源の管理、伝統知識の継承など、女性はさまざまな形で自然保護を支えています。一方、その貢献が十分に認識されず、土地や資源に関する権利、資金へのアクセス、意思決定への参加などに制約があることも指摘されています。

報告書は、ガバナンス、資金、科学・データ、経済、協働の5分野での変革を提案しています。

特に重要なのは、女性を単なる保全活動への参加者ではなく、自然に関する知識を持ち、意思決定を行い、活動を主導する主体として位置づけていることです。

生物多様性の保全成果を考える際には、自然の状態が改善したかどうかだけでなく、誰が保全活動を担い、誰の知識が尊重され、誰が意思決定に参加できるのかという視点も欠かせません。

7.生物多様性教育を行動につなげる――IUCN-CECが多様なイベントを展開

27日は、生物多様性教育についても多くのイベントが開催されました。

IUCN教育・コミュニケーション委員会(CEC)は、IUCNパビリオンで自然を基盤とした教育と生物多様性教育の世界行動計画に関するセッションを開催したほか、IUCN AcademyやPANORAMAなどの知識共有・学習の仕組みを紹介しました。午後には、UNESCOやCBD事務局とともに、GBFパビリオンで「Education Day」を展開しました。

今回のCOP17では、「生物多様性のための教育に関する世界行動計画(Global Plan of Action for Education on Biodiversity)」が重要なテーマとなっています。

この計画は、学校教育だけでなく、自然体験、地域活動、社会教育、生涯学習などを通じて、生物多様性に関する知識を具体的な行動につなげることを目指しています。COP17では、発展途上の「Living Document(今後も更新・発展させていく文書)」として、各国や関係者が任意で活用しながら内容を充実させていく方向が示されています。教育を通じて自然への理解を深めるだけでなく、自然を守るために行動できる人材や社会を育てることが重要です。

日本でも、自然観察会や自然体験活動、学校教育、企業研修などを、GBFの達成につながる学びとして位置づけ直す機会になると考えられます。

8.企業の自然関連の取組を投資家が評価――Nature Action 100

企業・金融機関に関する動きとしては、投資家主導の国際イニシアティブ「Nature Action 100」による企業評価の解説セッションが開催されました。

Nature Action 100は、自然への依存や影響が大きい100社を対象に、投資家が企業との対話を通じて、生物多様性に関する取組の改善を促すイニシアティブです。

今回のCOP17では、2026年に公表された第2回企業ベンチマーク評価が取り上げられました。この評価では、企業の方針や目標だけでなく、自然関連の依存・影響・リスクの評価、具体的な実施計画、ガバナンス、ステークホルダーとの関係などが確認されています。企業がネイチャーポジティブへの支持を表明するだけでなく、実際の経営や事業活動をどのように変えているかが、投資家の関心となっています。企業の自然関連情報の開示や目標設定が進む一方、その取組が実際の自然保護・回復にどうつながっているのかを説明することが、次の課題となっています。

9.日本とフランスが協働――ネイチャーポジティブ経済に向けた合同サイドイベント

27日には、G7関連の経済アライアンスとして、日本発のG7 Alliance on Nature Positive Economies:G7ANPEと、フランス発のNature and People Finance Allianceの発信を行う、環境省・フランス生態移行省・経団連自然保護協議会による合同サイドイベントが開催されました。

日本側からは、PRI、経団連自然保護協議会、損保ジャパン、サントリーなどが参加し、企業・金融機関による自然保護・回復に向けた具体的な取組を紹介しました。フランス側からは、自然関連金融を推進する企業・金融機関等の取組が紹介されました。フランスの公的金融機関であるCaisse des Dépôts et Consignations(CDC)が関係者の連携を調整している点も特徴です。

今回のイベントからは、日仏それぞれのアプローチの違いが見えてきます。

日本側は、企業や金融機関がすでに進めている具体的な実践や成果を共有できる、活動実績とその厚みに強みがあります。一方、フランス側は、公的金融機関などが関与することで、個々の取組を制度的に支え、より大きな規模に広げる可能性を持っています。自然保護と経済活動を両立させるためには、企業による先進的な取組を積み重ねることと、それを支える政策・金融の仕組みを整えることの両方が必要です。今回の日仏の対話は、企業の実践と制度的な支援をどのようにつなげるかという、ネイチャーポジティブ経済の実現に向けた重要な課題を示しました。

10.COP17は政治決着に向けた最終段階へ

27日の動きを振り返ると、COP17が二つの側面から進んでいることが分かります。

一つは、政府間交渉です。

資源動員などでは各国の意見の隔たりが大きく、閣僚級での政治的な判断が求められています。一方、資金メカニズムの改善、IPBESの科学的知見の活用、先住民・地域社会の保全活動を支えるガイドラインなどでは、具体的な前進も見られました。

もう一つは、国際的な目標を実際の行動につなげるための取組です。

山岳・淡水生態系の保全、女性の参画、教育、科学技術、企業・金融機関の行動など、さまざまな分野で新しい仕組みや連携が生まれています。

これらに共通しているのは、自然保護を専門家や環境行政だけの課題とせず、社会全体の仕組みの中に組み込もうとしていることです。

2030年まで残された時間は、わずか4年です。

今回のCOP17で、各国がどのような決定に合意するかはもちろん重要です。しかし、それと同時に、国際的な目標や合意を、実際の自然保護活動、企業の経営判断、資金の流れ、教育や人材育成につなげていくことが求められています。

COP17の成果は、採択される決定の数だけでなく、それが自然の損失を止め、回復につながる行動をどこまで広げられるかによって問われることになります。

IUCN日本委員会としても、COP17の交渉の行方を引き続き注視するとともに、国際的な動向を日本の自然保護コミュニティや企業・金融機関、自治体、将来世代の取組につなげていきたいと考えています。


主な参考資料

※政府間交渉については10月27日時点の状況を記載しています。交渉グループでの文言合意は、COP全体による正式採択とは異なります。


国際自然保護連合日本委員会

会長 道家哲平