Ⅰ.序論:自然を守ることは、なぜ「当たり前」になっていないのか

    私たちの生活や経済活動は、森林、海洋、土壌、水、生物多様性といった自然に大きく依存している。食料の生産、原材料の供給、気候の調整など、自然は社会の基盤としてさまざまな機能を担っている。しかし、私たちはその恩恵を受けながらも、自然への依存や自然に与えている影響を、日々の意思決定の中で必ずしも十分に意識しているわけではない。
    このことは、企業活動や経済活動においても同様である。企業は自然からさまざまな資源や機能を得て事業を行っている一方で、自然環境への影響は、これまで必ずしも事業上のリスクやコストとして十分に捉えられてこなかった。その結果、自然を守るための取組が、企業の本業とは切り離された社会貢献活動や追加的なコストとして扱われる一方で、自然を利用することによって得られる経済的利益は、自然環境への影響とは別に評価されるという構造が生まれてきた。
    こうした状況を変えるため、近年では、自然の損失を止め、回復へと転じさせる「ネイチャーポジティブ」という考え方が広がっている。Global Nature Positive Summit 2026では、企業、金融機関、政府、研究者、NGOなど、さまざまな主体が、自然への依存や影響をどのように把握し、それを企業活動、投資、政策、地域社会における具体的な意思決定に反映させるかを議論していた。
    この議論を通じて私が考えたのは、自然を守る必要性をどのように社会に理解してもらうかということだけではない。むしろ、自然の重要性が認識され、ネイチャーポジティブの実現に向けた具体的な取組が進められているにもかかわらず、なぜ自然への配慮が社会全体の意思決定の前提にはなっていないのか、ということである。自然を守ることが重要だと理解していても、実際の企業活動や投資、政策決定において、短期的な利益や経済的効率が優先されるのであれば、自然の損失を止めることはできない。
    そこで本レポートでは、自然を守ることを社会全体の「当たり前」にするためには何が必要なのかを、Global Nature Positive Summit 2026での議論を通じて考察する。自然への依存や影響を可視化すること、自然を企業活動や金融の意思決定に組み込むこと、政策や制度によって行動を促すこと、そして地域や立場を超えた協働を実現することに着目し、ネイチャーポジティブの実現に向けて社会の意思決定そのものをどのように変えていく必要があるのかを考えたい。

Ⅱ.本論①:まず、自然を「見えるもの」にする

    自然を守ることを社会の意思決定の前提にするためには、まず、社会や企業が自然にどのように依存し、どのような影響を与えているのかを明らかにする必要がある。私たちの生活や経済活動は自然に大きく依存しているにもかかわらず、その依存関係は、これまで必ずしも十分に可視化されてこなかった。
    企業活動においては、売上や利益、コストなどの経済的な情報は意思決定において重要な指標として扱われてきた。一方で、企業がどれだけ水資源や生態系に依存しているのか、また事業活動によって自然環境にどのような影響を与えているのかについては、必ずしも同じように把握されてこなかった。しかし、自然環境の損失は、単なる環境問題にとどまらない。水資源の枯渇や生態系の劣化は、原材料の調達や生産活動など、企業の事業継続そのものに影響を及ぼす可能性がある。
    Global Nature Positive Summit 2026では、企業や金融機関が自然への依存や影響を把握し、それを事業上のリスクや機会として捉える必要性が議論されていた。特に金融の観点からは、自然資本の損失を個別の企業だけの問題ではなく、経済や金融システム全体に影響を及ぼすシステミックリスクとして捉える必要性も示されていた。自然への依存や影響を可視化することは、自然を環境分野だけの問題として扱うのではなく、企業や金融機関が意思決定を行う際の情報として位置づけることにつながる。
    しかし、自然を「見えるもの」にすることは、あくまで出発点に過ぎない。情報が可視化され、企業が自然への依存や影響を把握したとしても、それが実際の事業戦略や投資判断に反映されなければ、自然の損失を止めることにはつながらない。重要なのは、自然に関する情報を把握することそのものではなく、その情報をもとに意思決定を変えることである。
    したがって、次に問われるのは、可視化された自然への依存や影響を、企業活動や経済活動の中心にどのように組み込むかということである。

Ⅲ.本論②:「自然を守る」ことを、企業活動の外側から中心へ移す

    前章で述べたように、自然への依存や自然に与える影響を可視化することは、自然を社会の意思決定に組み込むための重要な第一歩である。しかし、自然に関する情報を可視化するだけでは、自然の損失を止めることはできない。重要なのは、可視化された情報を企業の事業戦略や意思決定に反映し、自然への配慮を企業活動の外側にある環境対策ではなく、事業そのものの中心に位置づけることである。
    これまで、環境保全は企業の本業とは切り離されたCSR活動や社会貢献活動として捉えられることが少なくなかった。企業は利益を生み出す事業を行い、その一部を環境保全に還元するという構造である。しかし、実際には企業活動そのものが自然に大きく依存している。原材料の調達には水や土壌、生態系が関わり、製品の生産や流通も自然環境に支えられている。したがって、自然を守ることを企業活動の「外側」に置くことは、企業自身が依存している基盤を事業とは別の問題として扱うことを意味してしまう。
    Global Nature Positive Summit 2026では、自然への配慮を企業の社会貢献活動にとどめず、企業の事業戦略そのものに組み込む必要性がさまざまな分野で議論されていた。特に海洋に関する議論では、健全な海がなければ持続可能な水産業も成り立たないという認識が示されていた。水産業にとって海は単に「守るべき自然」ではなく、事業そのものの基盤である。そのため、海洋環境への依存や影響を考慮することは、環境に配慮するという意味にとどまらず、将来的な資源の安定性や事業の継続性に関わる問題となる。
    また、完全養殖などの技術開発に関する議論からは、自然への負荷を減らすことと、企業の成長や技術革新が必ずしも対立するものではないことも示されていた。自然への依存を減らし、環境への負荷を抑えるための技術開発は、資源の持続可能性だけでなく、安定的な供給や新たな事業機会にもつながり得る。ここから、自然を守ることは企業にとって一方的なコストではなく、長期的な事業の強靭性や競争力を高めるための投資として捉えることができる。
    このような視点に立つならば、企業に求められるのは、環境に配慮するための活動を別途行うことではない。原材料の調達、製品開発、サプライチェーン、技術革新、投資、事業計画など、企業活動のあらゆる段階に自然との関係を組み込むことである。つまり、「自然に配慮する企業」を目指すのではなく、自然への依存と影響を前提として事業を行う企業へと変化することが必要なのではないだろうか。
    しかし、このような変化を企業の自主的な努力だけに委ねることには限界がある。自然に配慮する企業が短期的には追加的なコストを負担する一方で、自然環境に負荷を与える企業がより大きな利益を得られるのであれば、すべての企業が自発的に行動し続けることは難しい。また、自然への配慮が企業の評価や投資判断に十分反映されなければ、自然を守る取組は依然として「意識の高い企業による特別な取組」にとどまってしまう。
    したがって、自然を守ることを社会の「当たり前」にするためには、企業の意識や自主的な努力だけではなく、自然に配慮した行動が経済的にも合理的となる仕組みをつくる必要がある。自然を守る企業が適切に評価され、自然に大きな負荷を与える活動にはその影響が反映されるような金融や政策の仕組みが必要となるのである。
    自然を企業活動の中心に位置づけることは、企業に環境対策を追加することではない。それは、企業が「何によって成り立っているのか」を問い直し、自然を事業の外部ではなく、事業を成立させる基盤として捉え直すことである。しかし、その変化を一部の企業の努力だけに依存するのではなく、社会全体の仕組みとして実現するためには、企業活動を支える金融や政策のあり方そのものも変えていく必要がある。

Ⅳ.本論③:しかし、意識の高い企業だけに任せることはできない

    前章では、自然を守ることを企業活動の外側にある環境対策としてではなく、事業そのものの中心に位置づける必要性について述べた。しかし、ここで重要なのは、その変化を企業の自主的な努力だけに委ねてよいのかという点である。
    自然への配慮を事業の中心に据える企業が存在しても、自然環境に負荷を与える企業の方が短期的には低いコストで事業を行い、より大きな利益を得られるのであれば、自然を守る取組は社会全体には広がりにくい。自然に配慮した原材料の調達や技術開発には、短期的には追加的なコストが必要となる場合もある。一方で、自然環境への影響が企業の評価や市場価格に十分反映されなければ、自然を守る企業ほど競争上不利になる可能性もある。
    このような状況では、自然を守ることが一部の「意識の高い企業」による特別な取組にとどまってしまう。自然を守ることを社会の「当たり前」にするためには、企業の善意や経営者の理念だけに依存するのではなく、自然への配慮が企業にとって合理的な選択となる社会の仕組みが必要である。
    Global Nature Positive Summit 2026では、自然の損失を企業単体の環境問題として捉えるのではなく、企業、投資家、金融機関、政府、株主など、さまざまな主体が関わる構造的な問題として捉える必要性が議論されていた。企業が自然への負荷を減らそうとしても、投資家が短期的な利益のみを重視し、消費者が価格だけを基準に選択し、政策が自然への負荷を十分に反映していなければ、個別の企業の努力だけでは限界がある。
    したがって、自然を守るためには、企業だけでなく、企業を取り巻く意思決定の仕組みそのものを変える必要がある。例えば、投資家や金融機関が自然への依存や影響を投資判断に組み込めば、自然に配慮した企業に資金が流れやすくなる。また、政府が適切な規制や制度を整備することで、自然環境への負荷を企業の外部に押し付けるのではなく、その影響を企業活動の中で考慮させることも可能になる。
    ここで重要なのは、企業の自主的な取組と政策や制度を対立させることではない。企業が先行して新たな技術や事業モデルを実践し、そこで得られた知見を政策や制度に反映させる一方で、制度によって企業の取組を社会全体に広げていくという相互作用が必要である。サミットで議論されていたさまざまな事例からも、企業の先進的な取組だけでなく、それを社会全体に拡大するための協働と制度設計の重要性が見えてきた。
    つまり、自然を守ることを「当たり前」にするためには、自然に配慮する企業を増やすだけでは不十分である。自然を守らないことによって短期的な利益を得ることができる構造そのものを変え、自然への配慮が企業活動や投資、政策において合理的な選択となる環境をつくる必要がある。
    自然を守ることを一部の企業の努力に委ねるのではなく、社会全体のルールやインセンティブを変えること。これこそが、ネイチャーポジティブを一部の先進的な取組から社会全体の変化へと広げるために必要な視点である。

Ⅴ.本論④:自然を守るための「お金の流れ」を変える

    前章で述べたように、自然を守ることを一部の企業の自主的な努力に委ねるだけでは、社会全体の変化には限界がある。その理由の一つは、企業活動の方向性が、投資や金融によって大きく左右されるからである。どのような事業に資金が流れるのか、どのような企業が投資先として評価されるのかという問題は、自然環境の未来を左右する重要な要素である。
    これまでの経済活動では、資金の流れは主に短期的な収益性や経済成長を基準として判断されることが多かった。その結果、自然への依存や自然環境への影響が十分に考慮されないまま、資金が投じられることもあった。しかし、自然の損失が進めば、原材料の不足、水資源の枯渇、災害リスクの増加などを通じて、企業の事業継続や経済そのものにも影響が及ぶ。自然の損失は、金融や経済とは別の「環境問題」ではなく、金融システムそのものが抱えるリスクでもある。
    Global Nature Positive Summit 2026での議論を通じて印象的だったのは、自然を守るために資金を集めるという視点だけでなく、そもそもどのような活動に資金が流れているのかを見直す必要があるという点であった。自然を回復させる活動への投資を増やすことは重要である。しかし、それと同時に、自然環境に大きな負荷を与える事業に対して、自然の損失を無視したまま資金が流れ続ける構造を変えなければならない。
    そのためには、企業の自然への依存や影響を投資家や金融機関が適切に把握し、投資判断に反映させることが必要となる。自然への依存度が高く、自然環境の変化によって大きなリスクを受ける企業であれば、そのリスクを考慮せずに投資を行うことは、長期的には金融機関自身にとってもリスクとなる。一方で、自然への負荷を減らし、自然の回復に貢献する事業や技術には、より多くの資金が流れる仕組みをつくることができる。
    ここで重要なのは、自然を守ることを「慈善」や「寄付」の問題にしないことである。自然を守ることが社会全体にとって必要であるならば、それを一部の人々の善意に頼るのではなく、経済の仕組みそのものに組み込む必要がある。自然に配慮した事業に資金が流れ、自然を損なう事業にはそのリスクやコストが適切に反映されるようになれば、企業にとっても自然を守ることがより合理的な選択となる。
    しかし、ここには難しさもある。自然の価値は、単純に一つの金額で表すことができない。森林や海洋、生物多様性がもたらす価値は、地域や生態系によって異なり、短期的な経済的利益だけでは測ることができないからである。したがって、自然を金融の仕組みに組み込む際には、自然を単純に「価格化」することと、自然への依存や影響を意思決定に反映することを区別する必要がある。
    自然を守るために必要なのは、自然に値段をつけることそのものではない。自然の損失によって誰がどのようなリスクを受けるのかを明らかにし、これまで見過ごされてきた自然への依存や影響を、企業や金融機関の意思決定に反映させることである。そうすることで、自然を損なうことが経済的に「見えないまま」放置される構造を変えることができる。
    自然を守ることを社会の「当たり前」にするためには、自然を大切にしようと呼びかけるだけでは不十分である。どのような事業に資金が流れ、どのような未来が経済によって支えられているのかを問い直す必要がある。自然を守るためにお金を集めるだけでなく、お金の流れそのものを、自然を損なう方向から自然と共存する方向へ変えていくことが求められている。

Ⅵ.本論⑤:世界共通の目標と、地域ごとの実践をどう両立するか

    ここまで、自然への依存や影響を可視化し、企業活動や金融の仕組みに自然を組み込む必要性について述べてきた。しかし、自然を守るための仕組みを考える際には、もう一つ重要な課題がある。それは、世界共通の目標を掲げながら、地域ごとに異なる自然環境や社会、文化、産業の現実にどのように対応するかという問題である。
    気候変動と異なり、自然や生物多様性は地域によって大きく異なる。同じ「森林」や「海洋」であっても、そこに存在する生態系や生物、地域住民の暮らし、産業との関係は一様ではない。そのため、世界共通の目標や指標を設定することは重要である一方で、すべての地域に同じ方法を当てはめることが、必ずしも自然を守ることにつながるとは限らない。
    Global Nature Positive Summit 2026では、ネイチャーポジティブという共通の方向性を持ちながらも、地域ごとの自然環境や産業、社会的背景に応じた取組が必要であることが議論されていた。例えば、森林、農地、海洋など、対象となる自然環境によって課題は異なる。また、企業活動や地域社会が自然とどのように関わってきたのかも地域によって異なる。そのため、世界共通の目標を実現するためには、共通の方向性と地域ごとの具体的な実践を結びつける必要がある。
    この点で、地域は単に世界的な目標を実施する場所ではない。地域には、その土地の自然環境や文化、産業、そこに暮らす人々が蓄積してきた知識がある。自然を守るための具体的な方法を考える上では、地域の現場で何が起きているのかを理解し、地域の主体が意思決定に参加することが不可欠である。
    例えば、海洋環境を守る場合にも、国際的な目標を掲げるだけでは十分ではない。海は国境を越えてつながっている一方で、地域ごとに生態系や漁業、産業、住民との関係が異なる。したがって、海洋環境の保全には、国際的な協力とともに、地域の漁業者や企業、行政、研究者、住民などが、それぞれの地域の状況に応じて協働することが求められる。
    ここで重要なのは、世界共通の目標と地域ごとの実践を対立させないことである。世界共通の目標は、社会全体が目指す方向を示す。一方で、地域の実践は、その目標を具体的な行動に変える。両者の間には、目標を一方的に地域へ押し付けるのではなく、地域での実践や経験を世界的な議論に反映させる双方向の関係が必要である。
    このような意味で、ネイチャーポジティブの実現には、世界共通の指標や目標だけでなく、地域ごとの多様性を尊重する柔軟性が必要となる。自然を守るための方法は一つではなく、地域の自然や社会に応じて異なるからである。重要なのは、すべての地域に同じ方法を適用することではなく、共通の目標に向かって、それぞれの地域が自らの状況に応じた方法を選択できる仕組みをつくることである。
    そして、この地域に根ざした実践を支える上で、ユースも重要な役割を担うことができる。ユースは、将来世代として自然環境の変化の影響を受ける存在であるだけでなく、地域社会や国際的な議論をつなぐ立場にもなり得る。地域の課題を学び、地域の声を政策や国際的な議論に届けるとともに、世界的な目標を地域の実践へとつなげていくことができるからである。
    自然を守ることを社会の「当たり前」にするためには、世界共通の目標を掲げるだけでも、地域ごとの取組に任せるだけでも不十分である。グローバルな目標とローカルな実践を往復させながら、地域の多様性を尊重しつつ、共通の方向に向かって協働することが必要である。ネイチャーポジティブは、世界全体で一つの方法を実行することではなく、共通の目標のもとで、それぞれの地域が自らの自然との関係を見つめ直し、具体的な行動を積み重ねていくプロセスなのではないだろうか。

Ⅶ.本論⑥:では、ユースはどこにいるのか

    ここまで、自然を社会の意思決定に組み込むために、自然への依存や影響を可視化すること、企業活動や金融の仕組みを変えること、そして世界共通の目標と地域ごとの実践をつなぐことの必要性について述べてきた。しかし、これらの議論を振り返ったとき、私は一つの問いを持った。では、その中にユースはどのように位置づけられているのだろうか。
    Global Nature Positive Summit 2026では、企業、政府、金融機関、研究者、NGOなど、さまざまな主体による議論が行われていた。それぞれの主体が自然の損失を止めるための役割を担っている一方で、ユースはしばしば「将来世代」として語られる。しかし、ユースは単に将来、自然環境の影響を受ける存在ではない。現在すでに社会の一員として、自然や社会のあり方に関する意思決定に関わることのできる存在でもある。
    では、ユースに何ができるのだろうか。私は、ユースの役割を単純に「若者が環境に配慮した行動をすること」と捉えるべきではないと考える。もちろん、個人の行動は重要である。しかし、ネイチャーポジティブの実現に必要なのは、個人の意識を変えることだけではなく、企業や政策、地域社会の意思決定そのものを変えていくことである。そのためには、ユース自身が意思決定の場に参加し、自分たちの経験や問題意識を社会の仕組みに反映させることが必要である。
    サミットでの議論を通じて、私はユースの役割には少なくとも二つの側面があると考えた。一つは、既存の仕組みを問い直すことである。現在の社会や経済の仕組みが自然を損なう構造を持っているのであれば、それを当然のものとして受け入れるのではなく、「なぜこの仕組みになっているのか」「誰の声が意思決定に反映されていないのか」と問い続ける必要がある。
    もう一つは、異なる主体をつなぐことである。ユースは、地域社会の一員であると同時に、国際的な議論にも参加することができる。地域の自然や社会の課題を知り、それを政策や国際的な議論につなげる一方で、世界で議論されている目標や考え方を地域の人々に伝えることもできる。このような立場は、グローバルな目標とローカルな実践の間をつなぐ役割になり得る。
    しかし、ここで注意しなければならないのは、ユースに過度な責任を負わせることである。自然の損失を生み出してきた社会構造を、若者一人ひとりの意識や行動だけで変えることはできない。「若者が行動すれば社会は変わる」と語るだけでは、企業や政府など、より大きな意思決定権を持つ主体の責任が見えなくなってしまう。ユースの参加を求めるのであれば、単に意見を聞くだけではなく、その意見が実際の政策や制度、意思決定に反映される仕組みが必要である。
    この点で、ユースの参加は「象徴的な参加」にとどまってはならない。若者を会議に招き、意見を聞くこと自体が目的になるのではなく、ユースが意思決定の一員として関わり、提案し、時には既存の仕組みに異議を唱え、その結果が政策や社会の変化につながることが重要である。
    私自身、Global Nature Positive Summit 2026に参加し、さまざまな主体が自然の未来について議論する場に身を置いたことで、ユースは「将来世代」という一つのカテゴリーにまとめられる存在ではないと感じた。ユースは、自然の未来に関する議論の受け手ではなく、その議論を現在進行形でつくる主体でもある。
    自然を守ることを社会の「当たり前」にするために、ユースに求められるのは、既存の仕組みに適応することだけではない。自然を守ることが当たり前になっていない社会の仕組みそのものを問い直し、異なる世代や立場の人々をつなぎ、意思決定のあり方を変えていくことである。
    しかし、ユースがその役割を果たすためには、ユース自身の意識や行動だけでは不十分である。ユースが意思決定に参加できる場があり、その声が実際に社会の変化につながる仕組みが必要である。したがって、ネイチャーポジティブの実現を考えるとき、問われるべきなのは「ユースは何をすべきか」だけではない。「社会は、ユースをどのような主体として意思決定に位置づけるのか」という問いも、同時に問われなければならない。

Ⅷ.結論:自然を守ることを「特別な行動」にしない

    Global Nature Positive Summit 2026への参加を通じて、私は、ネイチャーポジティブの実現に必要なのは、単に自然を大切にしようと呼びかけることではないと考えるようになった。自然を守ることの重要性は、すでに多くの議論において共有されている。現在問われているのは、その認識をどのように社会の仕組みや意思決定に組み込むかということである。
    本レポートでは、まず、自然への依存や自然に与える影響を可視化し、これまで見えにくかった自然との関係を社会や企業の意思決定に組み込む必要性について述べた。次に、自然を守ることを企業活動の外側にある環境対策として捉えるのではなく、事業そのものの持続可能性や将来の競争力に関わるものとして、企業活動の中心に位置づける必要性を考察した。
    しかし、こうした変化を意識の高い企業や個人の努力だけに委ねることには限界がある。そのため、自然への配慮が企業や投資家にとって合理的な選択となるよう、金融や政策、制度を含む社会全体の仕組みを変える必要がある。また、世界共通の目標を掲げるだけではなく、それぞれの地域が持つ自然環境や社会的背景を踏まえた実践へとつなげることも不可欠である。
    そして、その変化の中でユースは、単に「将来世代」として語られる存在ではない。ユースは現在の社会を構成する一員であり、既存の仕組みを問い直し、異なる世代や立場をつなぎ、意思決定に参加する主体である。ユースの役割を「若者自身が環境に配慮した行動をすること」に限定するのではなく、社会の仕組みそのものを変えるための主体として位置づける必要がある。
    これらの議論を通じて、私は、自然を守ることを「特別な行動」にしないことが重要だと考えるようになった。自然を守るために、常に個人や企業が特別な努力をしなければならない社会では、取組は一部の人々にとどまりやすい。本当に目指すべきなのは、自然への配慮が、企業活動や投資、政策、地域の意思決定にあらかじめ組み込まれ、自然を無視した選択をすることの方が困難になる社会である。
    そのためには、自然を守ることを「追加的なコスト」や「善意による社会貢献」として扱うのではなく、社会や経済が持続するための基盤として捉え直す必要がある。自然への依存や影響を可視化し、企業活動や金融の意思決定に反映させ、政策や制度によって社会全体の方向性を変え、地域の実践と世界的な目標をつなぐ。そして、その過程にユースを意思決定の主体として位置づける。このような変化が重なって初めて、自然を守ることは一部の人々の特別な努力ではなく、社会の仕組みそのものとして実現されるのではないだろうか。
    サミットでの議論を通じて、私が最も強く感じたのは、ネイチャーポジティブは特定の主体だけが実現するものではないということである。企業、金融機関、政府、地域社会、研究者、そしてユースが、それぞれの立場から自然との関係を問い直し、同時に互いの役割をつなげていく必要がある。
 
文責: Japan Youth Platform for Sustainability 嶋田恭子