7月27日に始まったSBSTTA28(科学技術助言補助機関第28回会合)、そして8月4日から12日まで開催されたSBI7(実施補助機関第7回会合)が終了しました。毎日、朝からプレナリーやコンタクトグループで交渉が行われ、その合間や昼休み、夕方には数多くのサイドイベントが開かれました。

個々の議題を追っていると全体像を見失いそうになりますが、この2週間の二つの会合を貫いていた問いは、比較的シンプルだったように思います。「世界はGBF達成の道筋にない。では、残された時間で何が必要なのか」。会議を終えた今、この問いへの答えは、単に「もっと野心的な目標を掲げる」ということではなく、すでに合意したGBFを実施できる社会、制度、人、資金、知識をどうつくるかというところにあったように感じています。

初めて突きつけられた「世界全体の成績表」

2022年に昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)が採択され、2030年までの23のターゲットが合意されました。そして今回、その実施状況を世界全体で初めて点検する「グローバルレビュー」はどうあるべきかを検討しました。

その基礎となるグローバルレポートが示した大きなメッセージは、現在の取組を積み上げるだけでは、世界は2030年のGBF達成の道筋にない、というものです。

もちろん、何も進んでいないわけではありません。23のすべてのターゲットについて世界各地で行動が進められています。一方で、国によって状況は異なり、データやモニタリング能力にも大きな差があります。特に途上国からは、十分なデータやモニタリング能力がないこと自体が、世界全体の進捗評価に影響しているという指摘もありました。それでも、「今のままで十分ではない」という認識は、今回の会議の重要な出発点となりました。

では、何を変えればよいのでしょうか。

「もっとAmbitionを」よりも、「実施できる条件を」

議論をかなり単純化すれば、先進国側からは、現在の取組では不足している以上、各国がコミットメントを強化し、より多くの主体を巻き込み、実施を加速させる必要があるという議論が聞かれました。生物多様性を環境省だけの政策課題とせず、農林水産、経済、財務、開発など、より幅広い省庁を巻き込む。企業や金融機関、地方自治体、市民社会などの取組を促す。気候変動や土地劣化など他の国際枠組との連携を強める。そして、限られた資金をより効果的に活用できる制度にしていく。

これに対して多くの途上国が繰り返し強調したのが、Means of Implementation(実施手段)です。

GBFが達成の道筋にない原因を、各国の「意欲不足」だけに求めるべきではない。資金、能力養成、技術移転など、合意した目標を実行するための条件が十分に整っていないことこそ問題である、という主張です。

そして、SBI7を最後まで見て感じたのは、今回の議論の重心は、Ambitionをさらに引き上げること以上に、合意したAmbitionをどう実現するかに置かれていたということです。この点は、気候変動交渉との重心の違いも感じます。

もちろん、生物多様性でもAmbitionは重要です。しかし、2030年まで残された時間を考えれば、新しい目標を掲げるだけでは自然は回復しません。GBFの23のターゲットを変えるのではなく、それを実施できる条件をどうつくるのか。SBI7では、そのための具体的な手法が数多く議論されました。

「実施手段」は資金だけではない

Means of Implementationというと、資金、能力養成、技術移転など、特に途上国への支援をイメージしがちです。しかし今回のSBI7を通じて、その意味をもう少し広く捉える必要があると感じました。

例えば、資金。単に資金総額を増やすだけではなく、必要な主体が資金にアクセスできるのか、手続は複雑すぎないか、資金が予測可能なのか、国内資源や民間資金をどう動員するのか、といった議論が行われました。

能力養成・開発では、研修を何回実施したかということ以上に、それぞれの国や地域が自らGBFを実施するための能力をどう持つかが問われました。さらに、地域・準地域の科学技術協力支援センターを通じて、各国が必要とする専門性や技術と結びつける仕組みも整えられつつあります。

知識管理も重要です。世界にはすでに多くの優れた実践や科学的知見、地域知があります。それらを単にデータベースに蓄積するのではなく、必要としている人が見つけ、信頼し、自らの政策や活動に利用できる仕組みをどうつくるかが議論されました。

そして、CEPA(コミュニケーション・教育・普及啓発)。生物多様性について「知ってもらう」ことだけではなく、教育やコミュニケーションを社会変革を生み出す力として位置づける議論が進みました。

こうして見ると、GBFの実施手段とは、単なる資金や技術の「提供」とはいえなさそうです。資金があり、知識があり、それを使える人と組織があり、学び合える仕組みがあり、実際に行動する人がいる。その一連の「実施のインフラ」をどうつくるのかが、SBIという場で議論されていたように思います。

資金―「払うべき先進国とは誰なのか」

その実施手段の中でも、最も政治的に難しいのが資金です。今回、特に大きな問いとして浮かび上がったのが、単に「いくら必要か」ではなく、「生物多様性のための国際資金を提供すべき先進国とは、そもそも誰なのか」という問題でした。

生物多様性条約は1992年に採択されました。それから30年以上が経ち、世界の経済構造は大きく変化しています。

現在は途上国として位置づけられていても、大きな経済規模を持ち、他国を支援する能力を持つ国もあります。そうした国が自発的に資金提供国となることをどう考えるのか。さらに踏み込んで、資金提供国のリスト自体を見直すのか。一方、途上国側には、「多様な資金源」や「供出者ベースの拡大」が、先進国から途上国への公的資金という条約上の責任を弱めるのではないかという強い警戒があります。SBI7では複数の考え方が提示されましたが、COP17でどのように決着するのかは、現時点では全く見通せません。

そして、これはCBDだけの問題ではないようにも感じます。1990年代につくられた「先進国/途上国」という国際協力の構図を、現在の世界経済の中でどう考えるのか。この問いはSDGs、気候変動枠組条約をはじめ、他の国際的な資金・協力の仕組みにも波及し得る、大きな論点ではないでしょうか。

生物多様性資金をめぐる議論から、「21世紀の国際協力を誰が支えるのか」という、さらに大きな問いが見えてきたように感じます。

環境省だけではGBFを達成できない

SBSTTA28とSBI7を通して、もう一つ繰り返し現れたキーワードが「主流化」です。農業、森林、水産、都市、インフラ、企業、金融、教育、消費――生物多様性を失わせている要因の多くは、そもそも自然保護政策の外側にあります。だからこそGBFを達成するためには、環境省や自然保護団体だけではなく、政府全体、そして社会全体が参加しなければなりません。Whole-of-Government、Whole-of-Societyという言葉が繰り返し使われる理由です。

SBI7の主流化の交渉だけでなく、地方自治体の参加、企業・金融セクター、CEPA、知識管理、能力養成など、一見別々に見える議題も、この視点から見るとつながってきます。しかし、参加する主体を増やすだけで十分なのでしょうか。

「包摂」の先にあるAgency

今回の会議を通して重要だと感じたキーワードの一つが「包摂(Inclusion)」でした。先住民及び地域社会(IPLCs)、女性、ユース、地方自治体、企業、金融機関、研究者など、GBFには様々な主体の参加が位置づけられています。しかしSBI7を最後まで見て、包摂とともにもう一つ大切だと感じた言葉があります。

Agencyです。日本語に一語で訳すのが難しい言葉ですが、ここでは「自ら判断し、選択し、行動できる力・主体性」と捉えたいと思います。

多様な主体を会議に参加させるだけでは十分ではありません。誰の知識が政策決定に使われるのか。その知識を持つ人々自身が、その利用のあり方に関与できるのか。誰が資金にアクセスできるのか。誰が意思決定に参加できるのか。そして、自分たちの優先順位に基づいて、自ら行動できるのか。

例えば、IPLCsへの資金では、単に彼らのための事業に資金を使うだけでなく、彼ら自身が特定したニーズに基づいて資金を活用できる「直接アクセス」が重要になります。能力養成でも、外部から専門家を送り続けるだけではなく、国や地域が自ら問題を解決できる力を持つことが重要です。知識管理でも、誰かが集めた知識を一方向的に「提供」するのではなく、知識を持つ人々の権利を尊重しながら、互いに学び、それぞれの現場で使えるものにすることが重要です。CEPAでも、人々は単なる情報の「受け手」ではありません。学びを通じて社会を変えていく主体です。

参加することから、実際に行動する力を持つことへ。包摂とAgencyをセットで考えることは、Whole-of-Societyを単なるスローガンではなく、実際のGBF実施につなげるうえで重要なのではないかと感じました。

世界と日本を往復する――GNPS2026からCOP17へ

世界と日本のつながりを想起させた議論の一つが、DSIとカリ基金です。

COP16で設立されたカリ基金は、DSIを利用して利益を得る企業から資金を集め、その利益を生物多様性保全や途上国、先住民及び地域社会(IPLCs)に還元しようという画期的な仕組みです。特に民間セクターから直接資金を動員しようとした点では、GBFの実施手段を広げる新しい試みといえます。一方で、制度をつくれば企業から資金が集まるという期待は、少し大きすぎたのかもしれません。

SBI7では、カリ基金を含む多国間メカニズムが機能するためには、企業が拠出条件を明確に理解できること、企業にとって実行可能なビジネスケースがあること、拠出者・提供者にとって法的確実性があることなどが必要だという議論が行われました。これは、カリ基金だけの問題ではないように思います。

政府間交渉では、「企業から資金を動員する」「企業の行動を促す」という方向性を合意することができます。しかし、それだけで企業が実際に動くとは限りません。企業から見れば、何をすればよいのか。その行動にはどのような意味があるのか。既存の制度や規制との関係はどうなるのか。そして、その取組を企業価値や事業の持続可能性とどう結びつけられるのか。今回のDSIの議論は、NGO含む、国際社会が企業に期待していることと、企業が実際に行動するために必要としている条件とのギャップを、どう埋めるのかという問いとしても読むことができます。

この点で思い出すのがグローバルネイチャーポジティブサミット2026です。

GNPS2026には多くの企業・金融機関が参加し、ネイチャーポジティブに向けた企業のモメンタムを確認することができました。一方、登壇者から聞かれたのは、先進的な取組や成功事例だけではありませんでした。自然への依存や影響を把握した「その先」にどう進むのか。一社では解決できないランドスケープの課題に、誰と取り組むのか。自然への取組を企業価値や将来への投資としてどう成立させるのか。企業がさらに一歩踏み出すために何が必要なのか。

企業参画が進んできたからこそ、その次にある課題も具体的に見えてきたサミットだったと思います。

もちろんGNPS2026は、DSIについて議論するための会議ではありません。しかし、そこで交わされた「企業がもう一歩進むためには何が必要なのか」という問いや、企業自身から語られた実践上の課題は、DSIだけでなく、資金、主流化、サプライチェーン、ランドスケープなど、COP17で議論される様々なテーマにもつながります。

国際社会が企業に何を期待するのかを決め、日本がそれを受け取って実施する、という一方向の関係だけではありません。世界でルールをつくり、日本で試し、そこで見えてきた現実や解決のヒントを、もう一度世界の議論に返していく。7月に熊本で生まれた対話を、10月のCOP17へどうつなげられるのか。それも、SBI7を終えた今、IUCN日本委員会として考えていきたいことの一つです。

世界で立てられた問いを、日本に持ち帰る

そして、SBSTTA28とSBI7を終えて、最後に考えたいことがあります。ここまで書いてきた議論は、世界全体でGBFをどう実施するかという議論です。

ナイロビで立てられた問いを、そのまま日本の生物多様性国家戦略の実施に置き換えてみたらどうなるでしょうか?

日本でも「生物多様性国家戦略2023-2030」の中間評価が行われ、15の状態目標、25の行動目標と、それを支える具体的施策について進捗が点検されています。日本も「国家戦略をつくる」段階から、「進捗を確認し、2030年までの実施を加速する」段階に入っています。そのとき、世界で議論されているMeans of Implementationは、日本の国家戦略を考えるためにも有効な問いを投げかけているように思います。

国家戦略を実施するための資金は十分でしょうか。そして、その資金は本当に必要としている地域や主体に届いているでしょうか。自治体や地域で実施を担う人材や組織の能力を、どう高めるのでしょうか。日本各地にある優れた実践、科学的知見、地域の知識を、必要としている人が見つけ、学び、自らの地域で応用できる「知識管理」の仕組みは十分でしょうか。教育やコミュニケーションは、生物多様性を「知ってもらう」ことにとどまらず、人々の実際の行動につながっているでしょうか。そして国、自治体、企業、NGO、研究者、市民、ユースなどは、国家戦略に単に「参加している」のでしょうか。それとも、必要な知識や資源にアクセスし、自ら考え、意思決定し、行動するAgencyを持っているでしょうか

日本の国家戦略には、何を実現するかについて多くの目標と施策が位置づけられています。環境省の中間評価でも、各目標・施策について進捗、課題、今後の方向性が点検されています。一方、今回のSBSTTA28とSBI7を通じて世界で繰り返し問われていたのは、「それを、どうすれば実施できるのか」ということでした。

資金、能力養成、科学技術協力、知識管理、CEPA、モニタリング、そして包摂とAgency。

世界のGBF実施をめぐる議論を日本に置き換えてみることで、一つ一つの施策を進めるだけではなく、それらの実施を可能にする日本の仕組みそのものが十分なのかという、もう一段深い議論ができるのではないでしょうか。「世界はGBF達成の道筋にない」という評価は、日本にとっても他人事ではありません。COP17に向けて世界の交渉を追う。同時に、そこで立てられた問いを日本に持ち帰る。

日本におけるMeans of Implementationとは何なのか。誰が実施を担い、その人たちが行動できる条件をどう整えるのか。

今回のナイロビでの2週間から持ち帰りたい、大きな宿題の一つです。


国際自然保護連合日本委員会

会長 道家哲平