私たちが毎日口にする食べ物は、どのような土壌で育てられているのだろうか。生物多様性について考えるとき、森林や海、そこに暮らす動植物に目が向きやすい。しかし、その保全を考えるうえで、足元にある土壌も欠かせない存在である。
私は現在、大学院で持続可能な食料生産と都市環境づくりを支える土壌改良の研究に取り組んでいる。今回、「新たな多年生穀物:土壌と水の健全性を結ぶ(Novel Perennial Grain Crops – Linking Soil and Water Health)」、「危機から回復力へ:土壌の健康を取り戻すための肥料利用の再考 (From Crisis to Resilience: Rethinking Fertilizer Use to Restore Soil Health)」、「移行への資金調達:生物多様性のための土壌と水の責任ある管理を拡大する(Financing the Transition: Scaling Soil and Water Stewardship for Biodiversity)」の3つのイベントに参加した。本稿では、そこでの議論を手がかりに、土壌の健全性を守ることが、なぜ生物多様性の保全につながるのかを考えたい。
1.土壌の健全性とは何か
土壌の健全性とは、人間の幸福と自然保護のために、多様な生態系サービスを持続的に支える土壌の能力である。Lal(2016)は、土壌を生物学的に活発な存在として捉え、食料生産、生物多様性の維持、水の浄化、炭素の貯留などを支える能力として説明している。作物がよく育つかどうかに加え、土壌が持つさまざまな働きを保てているかが重要となる。(Lal, 2016)
その基盤は、すでに大きく損なわれている。FAOと政府間土壌技術パネルが2015年に公表した報告書では、世界の土地の33%が、土壌侵食、塩類集積、圧密、酸性化、化学物質による汚染などによって、中程度から高度に劣化していると評価された。これは2015年時点の評価であり、土壌の機能低下が世界的な課題であることを示している。(FAO・ITPS, 2015)
土壌の健全性が低下すれば、作物の生産性だけでなく、水資源の質や利用可能性、気候変動への対応にも影響が及ぶ。肥料や水を追加することで目先の収量を維持できたとしても、それを支える土壌の働きが失われ続ければ、長期的な食料安全保障は不安定になる。土壌を守ることは、人々の生活を支える基盤を守ることでもある。
2.土壌と生物多様性は、どのようにつながっているのか
まず、土壌そのものが、多様な生物の生息場所である。土壌に暮らす微生物や小動物などは、有機物の分解や養分の循環に関わり、植物の生育を支えている。土壌の生物多様性は、食料生産、水の貯留・浄化、炭素貯留などの機能とも結びついている。土壌の健全性と生物多様性は、互いを支える関係にある。(FAO, 2020)
さらに、その影響は土壌の中にとどまらない。IPBESは、生物多様性の損失をもたらす主要な直接要因を、土地・海洋利用の変化、生物の直接利用、気候変動、汚染、侵略的外来種の5つに整理している。土壌の劣化は、これらから独立した項目として挙げられているわけではなく、土地利用や汚染、炭素循環などを通じて、複数の要因に関わっている。(IPBES, 2019)
そのつながりを具体的に示すのが、農地からの窒素の流出である。窒素は作物の生育に必要だが、作物に利用されなかった窒素の一部は、硝酸態窒素として土壌中を移動し、地下水や河川へ流出する。メキシコ湾では、農業を含む流域の人間活動に由来する過剰な窒素やリンの流入が、富栄養化と低酸素水域の形成につながっている。増殖した藻類が分解される際に酸素が消費され、魚類や底生生物の生息を脅かすのである。農地での養分管理は、下流の水域の生物を守ることにもつながる。(米国EPAほか, 2022)
水質の悪化は、人の健康にも関わる。Knobelochら(2000)は、硝酸塩に汚染された井戸水で調製した乳児用ミルクの摂取に関連する、乳児のメトヘモグロビン血症、いわゆるブルーベビー症候群の症例を報告している。血液が酸素を運ぶ働きに支障が生じる疾患であり、土壌や農地の管理を考える際には、飲料水の安全も視野に入れる必要がある。(Knobeloch et al., 2000)
今回の多年生穀物のイベントでも、バルト海の富栄養化が取り上げられた。海の環境を改善するには、海に流れ込む養分の発生源である流域の農業にも働きかける必要がある。土壌、水、生物多様性を一続きのものとして捉える視点が、議論を通じて具体的になった。
3.作物と土壌の両面から、健全性を改善する
今回の議論から、科学的な取組には、育てる作物を変える方向と、作物を支える土壌の管理を改善する方向があると整理できる。

前者の例が、多年生穀物である。多年生穀物は、収穫後も植物体が生き続け、翌年以降も収穫できる。長期間維持される根系によって、土壌を保護するとともに、水や養分を吸収する機会を増やせることが期待されている。イベントで紹介されたKernzaの比較試験では、一年生の冬小麦より窒素の溶脱が少なく、栽培2年目には差がさらに大きくなったという。実際にCulmanら(2013)の試験でも、2年目のKernzaでは、冬小麦と比べて硝酸態窒素の溶脱量が86%以上少なかったと報告されている。ただし、これは特定の試験条件で得られた結果であり、地域や栽培管理による違いを検証していく必要がある。(Culman et al., 2013)
一方、普及には収量や経済性の課題がある。イベントでは、育種による収量改善に加え、食品、飼料などの用途開発や、水質保全といった環境面の価値を評価する必要性が指摘された。農家にとって導入可能な作物にするには、環境効果と経営の両方を確かめなければならない。

後者の土壌管理について、肥料利用を扱ったイベントのLal氏の講演では、作物残渣、根、被覆作物、堆肥などを通じて、土壌へ有機物を供給する重要性が示された。また、表層0~30cmの土壌について、土壌有機物2.5~3.5%、土壌有機炭素1.5~2.0%という閾値も提示された。(ただし、土壌の種類、気候、作物によって条件は異なるため、この数値をすべての農地に当てはまる一律の収量基準として扱うことは避けたい。)
堆肥などによる有機物の補給に加え、土壌改良の選択肢としては、バイオマスを炭化したバイオ炭の活用も研究されている。ただし、その施用が必ず増収につながるわけではない。Jefferyら(2017)のメタ分析でも、収量への効果は熱帯と温帯で異なっていた。資材の性質や土壌条件に応じて効果を確かめる必要がある。(Jeffery et al., 2017)
肥料利用のイベントで繰り返し示されたのも、土壌診断、適切な施肥、有機物の補給、水管理、農家への助言を組み合わせることの重要性だった。投入する資材だけに注目せず、作物が養分を利用できる土壌と栽培環境を整えることが、健全性の回復につながる。
4.農家の実践を支える政策と資金
科学的に有望な方法であっても、導入費用や収量変動のリスクを農家だけが負担する状況では、普及は進みにくい。3つのイベントを通して、技術の開発とともに、取り組む農家を支える仕組みが必要だと感じた。
資金調達のイベントでは、日本政府の施策や欧州復興開発銀行(EBRD)などの開発金融機関の役割が話題となった。日本の「みどりの食料システム戦略」も、生産力の向上と持続性の両立を掲げて2021年に策定されている。環境保全と食料生産を両立させる方向性を、現場で実行できる支援につなげることが課題となる。(農林水産省)
肥料利用のイベントでは、その具体例として、FAOによるコスタリカのRECSOILの取組が紹介された。土壌を守る管理の実践を、生態系サービスへの支払いにつなげるものである。管理方法の実施状況と、土壌有機炭素などの土壌状態の両方を評価するという説明が印象に残った。取組を実施したかどうかと、環境が改善したかどうかを併せて確かめる姿勢は、支援制度への信頼にも関わる。
また、IFADの発表では、小規模農家への技術助言、農民組織の能力強化、販売先の確保、金融へのアクセスを組み合わせる必要性が示された。資金調達のイベントで論点となった、小規模な取組を束ねる仲介主体の役割も、こうした支援を広げるうえで重要だと考える。
私がここから考えたのは、資金の総額に加えて、誰に、何のために、どの段階で届けるかが重要だということである。導入時の費用やリスクを支え、実践を続けられる販売・助言体制を整え、その環境効果を確かめる。土壌や水を守ることで社会全体が受ける便益を、実践する農家の所得にも結びつける仕組みが求められる。
5.食べることから、土壌を考える
人々の生活の基盤には食料生産があり、その生産を支える土壌がある。しかし、私たちは食べ物を選ぶとき、それがどのような土壌で、どのような管理のもとに育てられたのかまで、普段はあまり意識しない。
FAOの統計によれば、2023年、穀物は世界の食料供給熱量の42%を占めていた。日々の食事を大きく支える穀物の生産で、養分の流出や土壌の劣化を減らせれば、その意義は農地の中だけでなく、川や海の環境にも及ぶ。(FAO, 2025)
今回の参加を通じて、土壌の健全性を守ることは、生物の生息場所を守り、食料生産を支え、水質や気候への負荷を抑えることにつながると学んだ。同時に、それを広げるには、研究、政策、金融、市場がつながり、農家が継続して取り組める条件を整える必要がある。
消費者である私たちにも、生産の背景を知り、環境保全に取り組む生産者や企業を選び、支えるという関わり方がある。そうした選択をしやすくする情報や仕組みも必要だろう。私自身も、土壌改良の研究を、作物の生育だけでなく、その先の水環境や生物多様性とのつながりから考えていきたい。
食べるという当たり前の行動が、地球環境を守る小さな一歩につながる。そのために、まず事実を知り、選べるところから選び、実践する人々を支えていく。今回得た学びを、研究と日々の暮らしの両方につなげていきたい。
IUCN-J ユース会員 緋熊と黒潮 志村怜音























