2026年7月27日から8月1日にかけてケニア・ナイロビの国連環境計画(UNEP)本部で開催された生物多様性条約(CBD)第28回科学技術助言補助機関会合(SBSTTA28)は、2026年11月に開催予定のCOP17へ提出する科学・技術的勧告を取りまとめる重要な会議となりました。
今回の会議では、保護地域、野生生物管理、海洋、合成生物学、IPBESとの連携、グローバルレビューなど、多岐にわたる議題が議論されました。一方で、多くの文書には依然として多数のブラケット(未合意箇所)が残されており、COP17で政治的判断が求められる論点も少なくありません。
そのため、本稿では決定文の内容を単に紹介するのではなく、「各議題は何を目指していたのか」「SBSTTA28で何が前進したのか」「COP17にどのような課題が残されたのか」という視点から、主要議題を整理します。
1.グローバルレビュー:2030年目標達成に向けた初めての世界評価
この議題が目指していること
昆明・モントリオール生物多様性枠組(KMGBF)は、COP17において初めて世界全体の実施状況を評価する「グローバルレビュー(Global Review)」を実施します。本議題は、その科学的基盤となる評価結果であるグローバルレポートを基盤としつつ、その中間評価として現状をどう認識するか、その認識のもとどのような行動を引き出すか、ミッション達成に至るための追加的行動とは何か、2030年目標達成に向けた課題を明らかにすることを目的としています。
ただ、この議題だけ、まとめた文章をSBIでも検討するとされており、8月4日から始まる第7回条約の実施に関する作業部会で再検討されます。
SBSTTA28での進展
SBSTTA28では、初めて作成するGlobal Report(正式には10月19日発表する方向で作業中)を科学的根拠として議論するとともに、各ターゲットの進捗状況や課題を体系的に整理しました。
評価では、多くの国が取組を進めている一方で、2030年目標の達成には現状の実施速度では不十分であること、特に資金、モニタリング、政策統合(Whole of Government)、社会全体の参画(Whole of Society)が課題であることが明確に示されました。グローバルレポートは専門家会合を中心に締約国の意見なども踏まえて準備されたものの「交渉して」言葉をまとめたものではないことから、グローバルレポートの活用方法を議論しました。、第2回グローバルレビューに向け、指標枠組みに関する専門家会合(AHTEG)の設置も議論されています。
特に資源動員をめぐる表記をめぐって先進国と途上国の議論は活発に行われました。
COP17に残された課題
COP17では、
- Global Reportをどの程度強い政治的メッセージとして位置付けるか
- 補完指標を正式にモニタリング枠組へ追加するか
- GEF等による能力構築・資金支援をどこまで決定文へ盛り込むか
が主要な論点となりそうですが
2.保護地域:30×30を「面積」から「質」へ
この議題が目指していること
2004年に採択された保護地域作業計画(Programme of Work on Protected Areas:PoWPA)を、昆明・モントリオール枠組に合わせて更新し、ターゲット3(30×30)の実施を支える新たな科学的ガイダンスへ発展させることが目的です。
SBSTTA28での進展
今回の勧告では、保護地域だけでなくOECM(その他の効果的な保全手段)を含めた包括的な枠組みへと発展させる方向性が示されました。
- 管理の有効性
- 公平なガバナンス
- 先住民地域共同体を含む、人権への配慮
- モニタリング
- 気候変動との統合
特に、
- 生態系連結性(Ecological Connectivity)
は、このSBSTTA期間中に作業計画の第5の柱として作り上げることとなり、この検証のためだけのグループが作られるなどしました。そのため、生態学的連結性に関する行動の重要性、一方、内容の精査がまだ不十分ではないかという認識、IPBESが2027年発表予定で生態学的連結性に関する評価をしており、その成果をどう取り入れるかという手続き(この成果を組み込むまで待とうとすると、行動がさらに遅れるのではないかという懸念)が複雑に絡み合って整理仕切れなかったところがあります。
いずれにせよ、30×30の「質」を高めるための新たな活動項目に光が当たった議論であったと振り返ることができます。
COP17に残された課題
COP17では、
- 保護地域作業計画の名称変更
- 生態系連結性を独立したプログラム要素とするか
- 人権に基づくアプローチ
- 先住民族・伝統的領域の位置付け(Indegenous Traditional Teritories)
- 資金動員
などが大きな交渉点となります。
3.野生生物管理:持続可能な利用を現代化する
この議題が目指していること
IPBES「野生種の持続可能な利用評価」を踏まえ、CBDとして初めて包括的な世界共通ガイダンスを策定し、「持続可能な利用」を保全政策の重要な柱として再整理することです。
SBSTTA28での進展
今回の勧告では、
- Voluntary Global Guidance
- One Health
- 最新技術の活用
- 先住民・地域コミュニティの知識
- IPBES成果の政策反映
などが包括的に整理されました。
これまでの議論は、肉需要(Wild Bushmeat)のための野生動物の利用(狩猟)に焦点があたっていたのですが、IPBESが持続可能な利用の形の多様さを整理し、従来の「野生動物管理」という枠組みから、植物や菌類を含む「野生種の持続可能な利用」全体へ対象が拡大したことも特徴です。
COP17に残された課題
COP17では、
- ガイダンスを正式採択するか
- 将来的なProgramme of Workを設置するか
- FPICや企業開示をどこまで盛り込むか
が注目されます。
4.合成生物学:AI時代のCBDをどう位置付けるか
この議題が目指していること
AIやゲノム編集など急速に発展する新興技術に対し、CBDとして科学的助言やリスク評価を継続する体制を整えることです。
SBSTTA28での進展
今回の勧告では、
- Horizon Scanning
- 能力構築行動計画
- AIを含む新興技術への対応
- リスク評価手法
などが整理されました。
COP17に残された課題
最大の論点は、新たな専門家会合(AHTEG)を設立するかどうかです。この判断は、CBDが今後も新興技術を継続的に議論する場であり続けるかを左右する重要な分岐点となります。
5.IPBESとの連携:企業行動をどう後押しするか
この議題が目指していること
IPBESが公表したBusiness AssessmentをCBDの実施へ反映し、企業・金融セクターによるネイチャーポジティブへの移行を促進することです。
SBSTTA28での進展
勧告では、
- Business Assessmentの位置付け
- 情報開示(Disclosure)
- Business and Biodiversity Partnership
などについて方向性が整理されました。regulatory, mandateといった強い表記についてはブラケットや表記を変える動きがあり、各国ごとの企業規制・ルール作りに対する態度で差が見られました。
COP17に残された課題
企業への規制や情報開示をどこまで決定文へ盛り込むかが主要論点となります。
6.海洋:BBNJ時代のCBDの役割
この議題が目指していること
海洋分野におけるKMGBFの実施を加速するとともに、BBNJ協定との役割分担を整理することです。
SBSTTA28での進展
今回の勧告では、
- EBSAレビュー
- BBNJとの連携
- 海洋分野のGlobal Review
などが整理されました。
COP17に残された課題
COP17では、
- CBDとBBNJ協定との役割分担
- 公海(ABNJ)に関する新たな専門家グループ設置
- 「30×30」の質をどう位置付けるか
が重要な交渉点になります。特に、公海(ABNJ)に関する新たな専門家グループ設置という議論は、今後の生物多様性条約と公海生物多様性協定(UNCLOS-BBNJ協定)や、生物多様性条約における海の在り方を大きく影響を与えるものとなりそうです。
おわりに:長年SBSTTAに参加してきた立場から
今回のSBSTTA28は、個別議題の内容だけでなく、会議運営や交渉の進め方そのものにも変化が見られた会合でした。20年近くSBSTTAに参加してきた立場から、特に印象に残った点を三つ挙げたいと思います。
第一に、交渉の効率化が大きく進んだことです。近年、会議前のインターセッショナル期間に各国から意見提出を求め、その内容を反映した文書案を事前に準備する手法が定着してきました。今回も各議題について事前意見を踏まえた交渉文書が提示されたことで、会議冒頭から実質的な交渉に入ることができました。
前回のSBSTTA27(パナマ)では、週の前半をファーストリーディングに費やし、議題によっては会期中にCRP(Conference Room Paper)の議論まで到達できないものもありました。それと比べると、SBSTTA28では実質的な条文交渉に充てられる時間が大幅に増え、交渉プロセスは着実に改善していると感じます。
第二に、SBSTTAとSBIの役割分担が以前より曖昧になってきたことです。本来、SBSTTAは科学・技術的助言を担い、実施や資金メカニズムについては実施補助機関(SBI)が中心となって議論するという役割分担がありました。しかし今回は、多くの議題で資金動員、能力構築、技術協力など実施に関する議論が大きな比重を占めました。実際にはSBSTTAとSBIで各国の交渉官が大きく入れ替わるわけではなく、科学技術と実施を切り分けることが難しくなっている現実も理解できます。一方で、SBSTTAが本来果たすべき科学・技術的助言機関としての役割や専門性が相対的に薄れてしまうことには、今後も注意深く見ていく必要があると感じています。
第三に、保護地域分野におけるIUCNの存在感の大きさです。今回のSBSTTAでは、保護地域作業計画(Programme of Work on Protected Areas)の約20年ぶりとなる戦略的見直しが主要議題となったこともあり、関連するサイドイベントが数多く開催されました。会場では、IUCN事務局、世界保護地域委員会(WCPA)、各地域事務所など、IUCN関係者が至るところで議論をリードしており、科学的知見の提供だけでなく、各国の実施支援やネットワーク形成においても大きな役割を果たしていることを改めて実感しました。また、多くのサイドイベントでは2027年にパナマで開催予定のIUCN世界保護保全地域会議(IUCN World Protected and Conserved Areas Congress)が紹介されており、本会議を国際社会へアピールする重要な機会にもなっていました。
一方で、SBSTTA28で取りまとめられた勧告の多くには、なお数多くのブラケット(未合意箇所)が残されています。SBSTTAは科学的・技術的な論点を整理し、可能な限り共通理解を形成する場としての役割を果たしましたが、人権、資金、企業の役割、公海、生物多様性と新興技術など、政治的判断を伴う論点はCOP17へ引き継がれました。
COP17では、これらのブラケットがどのような政治的合意へと結実するのかはもちろん重要です。しかし、それ以上に注目したいのは、2030年まで残り4年となる中で、各国がグローバルレビューで明らかになった課題をどのように受け止め、「実施を加速するCOP」として具体的な行動につなげられるかという点です。SBSTTA28は、そのための科学的土台を築いた会議として位置付けることができるでしょう。
国際自然保護連合日本委員会
会長 道家哲平























