2026年7月27日から8月1日まで、ケニア・ナイロビで生物多様性条約(CBD)の第28回科学技術助言補助機関会合(SBSTTA28)が開催されます。続いて8月4日から12日には、第7回実施補助機関会合(SBI7)が開催されます。両会合でまとめられる勧告、あるいは、まとまらなかった(ブラケットがついた)交渉文案は、2026年10月にアルメニアで開催される生物多様性条約第17回締約国会議(COP17)での交渉の土台となる重要な会合です。
SBSTTAは、生物多様性条約における「科学」の会議ととしてCOPに助言を行う役割を担うと紹介されることが多いのですが、これまで報告してきた通り、科学的、技術的な現状整理をもとに、生物多様性条約の締約国がどのような政策や行動を取るべきか、特に、先進国と途上国の意見の相違点を明らかにし、COPにおける決定に向けた論点整理・妥協ラインを探る機能も持っています。
2022年に採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組(KMGBF)は、「2030年までに生物多様性の損失を止め、反転させる」という世界共通の目標、いわゆるネイチャーポジティブ、を掲げています。目標の達成期限まで残された時間が限られる中、今回のSBSTTA28では、新しい目標をつくること以上に、既に合意された目標をどのように実施へ移すのかが問われます。IUCNのポジションペーパーの言葉を借りるなら、科学的な「診断」を、政策、資金、企業活動、地域での実践へとつなげられるかが、会合全体を貫く重要な視点となります。
世界全体の進捗をどう評価し、COP17での行動につなげるか(議題3)
今回の会合で最も重要な議題の一つが、KMGBFの実施状況に関する世界全体のレビューです。各国が提出した生物多様性国家戦略及び行動計画(NBSAP)や国別目標、既存の科学的評価などをもとに、2030年目標の達成に向けて世界がどこまで進んでいるかが検討されます。
議論の焦点は、単に「進捗が遅れている」と確認することではありません。各国の目標の水準が世界目標に見合っているのか、政策や予算が実際の行動につながっているのか、進捗を測るデータや指標が整っているのかを明らかにし、COP17でどのような軌道修正を求めるかが問われます。
ここでは、自然環境を担当する省庁だけでなく、農林水産、インフラ、産業、金融などを含む政府全体での対応と、企業、自治体、NGO、先住民族及び地域社会などを含む社会全体での実施が重要になります。SBSTTA28における科学的評価は、続くSBI7での資源動員、能力構築、制度設計の議論と一体となり、COP17における実施加速策の基礎となります。
企業と生物多様性―評価と開示から、実際の成果へ(議題4)
IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)がまとめた「ビジネスと生物多様性に関する方法論評価」も注目される議題です。この評価は、あらゆる企業が自然に依存すると同時に、事業活動やサプライチェーン、投融資を通じて生物多様性に影響を与えていることを示しています。
企業による自然への依存、影響、リスク、機会の評価や情報開示は、KMGBFのTarget 15と深く関係します。しかし、SBSTTA28では、このレポートを受け、情報を測定し開示することだけではなく、企業の意思決定、調達、投資、事業計画を変え、それが生態系の回復や保全成果にどう結び付くかまでを考える必要があります。
企業の自主的な取組を促すだけでよいのか、政府がどのような法制度や政策環境を整えるべきか、異なる評価手法や指標の相互運用性をどう確保するかも重要な論点です。企業を自然保護活動への寄付者や支援者としてだけでなく、KMGBFの実施を担う主体としてどう位置付けるかが議論されます。
合成生物学―急速な技術発展にどう備えるか(議題5)
合成生物学については、その潜在的な便益と、生物多様性に対する正負の影響の双方が検討されます。今回の文書では、保全への応用、人工細胞、合成ゲノミクス、AI、バイオレメディエーション、マイクロバイオーム工学などが、近年注目される技術領域として挙げられています。
技術が急速に変化する一方、その便益やリスクを評価するための方法、各国の技術的能力、規制や監視の体制には大きな差があります。このためSBSTTA28では、将来の技術動向を継続的に把握するホライズンスキャニングや予見的アプローチ、参加型の評価、最新の科学的知見に基づく監視の重要性が議論されます。
併せて、開発途上国や先住民族及び地域社会を含む多様な主体が、研究、評価、ガバナンスに公平に参加できるよう、能力構築、技術移転、知識共有を進めるための行動計画が検討されます。この計画については、SBSTTAが科学的・技術的側面を検討した後、SBI7が実施面を審議することになっており、両補助機関の役割分担が明確に表れる議題でもあります。
野生生物管理―「保護か利用か」を超えたガバナンスへ(議題6)
持続可能な野生生物管理では、野生生物の利用を一律に認めるか禁止するかという二者択一ではなく、生態学的な持続可能性、人権、地域社会の暮らし、公平な利益配分、科学的モニタリングを組み合わせた管理のあり方としてまとめられが「ガイダンス」を中心に議論が進むと予想されます。
野生生物は、食料、文化、所得、地域のアイデンティティなどと密接に結び付いています。そのため、持続可能な管理を実現するには、科学的データだけでなく、先住民族及び地域社会が蓄積してきた知識や慣行を尊重し、意思決定への実質的な参加を確保する必要があります。
また、人、家畜、野生動物、生態系の健康を一体として考える「ワンヘルス」の視点や、野生生物の取引、違法利用、疾病リスクとの関係もガイダンスでは指摘されています。今回の議論は、持続可能な利用を生物多様性保全と対立するものとして捉えるのではなく、どのような条件とガバナンスのもとで両立させるかを整理するものといえます。
保護地域・OECM―「30%」から保全の質を問う段階へ(議題7)
「GNF実施を支援するための技術的ニーズの検証」が議題の名称ですが、中心は保護地域に関する作業計画(POWPA)の見直しです。KMGBFのTarget 3、いわゆる30by30をどのように実施するかが中心になります。2030年までに陸と海の少なくとも30%を保全するという面積目標だけでなく、生物多様性上重要な地域が、効果的に管理され、生態学的に代表性があり、相互につながり、公平に統治されていることを目指す目標です。
今回の見直しでは、従来の「保護地域」に加えて、OECM(日本では自然共生サイト)を含む「保護地域及び保全地域」という考え方が一層重視されています。国立公園などの正式な保護区以外でも、生物多様性の長期的な域内保全に実質的に貢献している場所を認定するOECMは、日本の自然共生サイトとも深く関係します。
一方、農業、林業、漁業などの生産活動が行われる場所については、それをTarget 3への貢献として扱うのか、持続可能な生産を求めるTarget 10として扱うのかという整理が必要です。里山や里海、企業が所有・管理する森林、持続可能な漁場などをどのような条件でOECMとして評価できるのかは、日本にとっても重要な論点です。
さらに、保護地域を孤立した区域として管理するのではなく、周辺のランドスケープやシースケープ、生態系ネットワークとのつながりの中で捉えることも重視されます。先住民族及び地域社会の権利、公平なガバナンス、気候変動への適応、資金、企業活動との関係を含め、30by30は面積の確保から保全の質と実効性を問う段階に移りつつあります。
IUCNや、IUCN‐WCPA世界保護地域委員会も、複数のサイドイベントを企画し、この議論の基盤を締約国に提供する予定です。
海洋生物多様性―EBSAと公海の新しい国際枠組み(議題8)
海洋・沿岸生物多様性については、生態学的又は生物学的に重要な海域(EBSA)をめぐる作業が主要な議題となります。EBSAは、その海域が生態学的・生物学的に重要であることを科学的基準によって示す仕組みであり、保護地域を指定する制度ではありません。しかし、海洋空間計画や海洋保護区の設定、持続可能な利用を検討するための重要な情報になります。
COP16では、既存のEBSAの記述を修正する手続きと、新たなEBSAを記述する手続きが合意されました。これを受け、今回のSBSTTA28では、新規区域と既存区域の修正を合わせた29件の提出案件が検討されます。これらはすべて各国の管轄内に位置しており、11件が新規記述、18件が既存記述の修正です。
また、EBSAの科学的信頼性を確保するため、提出された情報をどのように査読(Peer Review)するかについての自主的ガイドラインも検討されます。
さらに、公海など国家管轄権外区域の海洋生物多様性を対象とするBBNJ協定との連携も重要です。CBDが蓄積してきた科学的知見やEBSAの情報を、BBNJ協定を含む他の国際制度でどのように活用するか、国際機関間の役割をどう整理するかが問われます。EBSAの科学的評価を実際の海洋保全に結び付けるため、SBSTTAの科学的議論とSBIにおける能力構築、協力、資金の議論を一体として見る必要があります。
BBNJ協定についていうと、批准してない国が後ろ向きな発言を繰り返し、それに時間を費やすということがこれまでの会合で何度も見られました。建設的な議論が行われることを今度こそ期待したいと思います。
SBSTTAからSBIへ―「何をすべきか」から「どう実施するか」へ
SBSTTA28で整理された科学的、技術的な論点は、翌週に開催されるSBI7(第7回条約の実施に関する補助機関会合)の議論へと続きます。SBSTTAが、生物多様性の現状や政策上の選択肢を科学的根拠に基づいて示す場だとすれば、SBIは、それを誰が、どのような制度、資金、能力、協力体制によって実施するかを検討する場です。先進国と途上国の資金をめぐる対立が先鋭化することで知られる会合です。
例えば、世界全体の進捗評価によって実施の遅れが確認されても、資金や能力、政府内の政策調整が伴わなければ、現場の行動には結び付きません。合成生物学のように、SBSTTAとSBIの双方が同じ行動計画を異なる角度から検討する議題もあります。
このため、SBSTTA28とSBI7は別々の会議としてではなく、COP17に向けて「科学的評価」「実施手段」「政治的決定」をつなぐ一連のプロセスとして理解する必要があります。今回のナイロビ会合では、何が科学的に必要かという議論と、それを実現するために各国や国際社会が何を変えるのかという議論の双方が行われます。
IUCN-Jは現地から交渉の「意味」を伝えます
国際自然保護連合日本委員会(IUCN-J)は、これまで生物多様性条約締約国会議(COP)をはじめ、SBSTTAやSBIなどの政府間交渉会合に継続的に参加してきました。その経験を活かし、今回のSBSTTA28・SBI7についても、現地から会議の動向をお伝えします。
単に採択された文書や会議結果を紹介するだけではなく、各議題で何が争点となっているのか、各国やIUCNなどの関係機関がどのような方向を目指しているのか、その議論が日本の自然共生サイト、里山・里海、企業・金融の取組とどのように関係するのかを、現地の過密スケジュールの中、できる限り読み解き、報告したいと考えています。さらに、SBSTTAとSBIの議論がCOP17の決定へどのようにつながっていくのかについても、交渉会合への参加経験をもとに現地からレポートしていきます。
国際自然保護連合日本委員会
会長道家哲平






















