ナイロビで開催された生物多様性条約の第7回実施補助機関会合(SBI-7)では、遺伝資源のデジタル配列情報(Digital Sequence Information: DSI)の利用から生じる利益を配分する仕組みである「カリ基金」の運用についての議論が行われています。
カリ基金は、DSIを商業活動に利用し、そこから直接または間接に利益を得る民間企業などが、その規模等に応じて利益または収益の一部を基金に拠出し、生物多様性の保全と持続可能な利用、能力構築、先住民族と地域社会(Indigenous Peoples and Local Communities: IPLCs)への支援に活用する仕組みです。
「公正かつ衡平な利益配分」の原則に基づき、企業による拠出を通じて生物多様性保全のための資金を集めるこの仕組みは、多国間の資金メカニズムとして画期的な取り組みです。2022年のCOP15でその創設が合意され、2024年のCOP16で運用の大枠とともにカリ基金が正式に設立されました。
しかし、現時点で民間企業からの拠出は、参加企業数・拠出額のいずれもごくわずかにとどまっています(カリ基金への拠出者は2社、合計6,000ドル:UN Multi-Partner Trust Fund Office, 2026年8月10日閲覧)。カリ基金の本格運用と資金動員の拡大に向けて、企業の理解と参加の促進に加え、拠出対象となる企業の基準や資金の配分方法など制度の詳細設計が重要な課題となっています。
一方で、基金からの支援の受け取り手でもある先住民族と地域社会(IPLCs)の人々は、カリ基金をどのように見ており、その実施にどう関与しているのでしょうか。
SBI-7では、IPLCsの団体によるサイドイベントが実施されました。
- Indigenous Peoples and local communities and Cali Fund(主催:IIFB | RMIB-LAC)
- IIFB:生物多様性に関する国際先住民フォーラム
- RMIB-LAC:ラテンアメリカ・カリブ地域 生物多様性に関する先住民女性ネットワーク
資金の50%をIPLCsの自己特定したニーズへ充てる仕組み
サイドイベントでは、カリ基金の特徴のひとつである、IPLCsへの資金配分のあり方がテーマとして扱われました。
カリ基金では、資金の少なくとも50%を、女性や若者を含むIPLCsの自己特定したニーズの支援に充てることが掲げられています。その方法として、政府当局を通じた支援に加え、IPLCs自身が特定する機関を通じた直接支払いも想定されています。
IPLCsの発表者からは、こうした仕組みを実効性のあるものとするため、IPLCsが自らの優先課題に基づいて資金を活用できる「直接アクセス」の重要性が強調されました。
従来の典型的な多国間基金では、たとえIPLCs向けの用途であったとしても、基金が認定した機関や国内政府のよって実質的な使途や配分が決められるのが通常の設計で合ったところ、カリ基金においては、この「直接アクセス」の可能性に高い期待が寄せられています。
政府機関を通じた支援に限らず、IPLCs自身が特定する組織や制度を通じて直接資金が届くことが、地域主導の保全活動やコミュニティのニーズに応えるうえで不可欠だとの指摘がありました。
一方で、こうした仕組みを実効性のあるものにするためには、資金の受け手となる組織や制度を含め、透明性や説明責任を確保するガバナンスの整備が必要です。サイドイベントでは、オーストラリアやロシアなどで、国や地方政府との連携が進んでいる事例が紹介されました。
IPLCsは単に受益者ではなく実施パートナー
もう一つの重要な論点は、IPLCsが単なる資金の受け手としてではなく、カリ基金の運用や資金配分のあり方に関わる意思決定および実施のパートナーとしての位置付けを確立していくことの重要性です。
カリ基金では、基金の監督や、資金配分・優先順位の設定に関わる運営委員会が設けられており、締約国、IPLCs、民間セクター、市民社会などの関係者も関与しています。
また、カリ基金や関連する普及啓発・能力構築についても、従来のように政府や外部の支援団体が主導する活動に委ねるのではなく、IPLCs自らが主体となって地域コミュニティを巻き込みながら進めていくことの重要性が強調されました。
まとめ
カリ基金の、いわゆる「直接アクセス」をめぐる仕組みは、IPLCsにとって単に資金を受け取るための手段ではなく、基金の運営への参画やその実践を通じて、IPLCsの主体的参加や自律的ガバナンス強化につながる重要なメカニズムとして期待されていることが見えてきました。
カリ基金は、COP16で設立が決定された条約第8条(j)項および関連規定に関する常設補助機関とともに、IPLCsの生物多様性条約プロセスへの主体的かつ効果的な参加を制度的に支える重要な転換点となったと言えます。
一方で、カリ基金の本格運用に向けては、IPLCsへの資金供与や運営への参加に加え、解決すべき論点や制度設計上の課題がなお多く残されています。COP17では、企業からの拠出に関する基準や、資金配分のあり方などが議論される予定です。
公正かつ衡平な利益配分を通じた資金動員の仕組みとしてカリ基金が早期に機能するよう、COP17における今後の議論と決定が注目されます。
WWFジャパン 北出 智美
写真出典:WWFジャパン






















