今回のSBI7に限らず、COP15以降、何度も出てきている生物多様性条約の「資金」の議論があります。もちろんこれは条約ができる前から存在する論点で、歴史の長い議論です。また、生物多様性条約の条文=義務関係が関わり特殊な議論も一部あります。ここでは、技術的なところを詳しく語るのは専門家に任せ、流れがつかみやすいように、比喩を用いて、お金をめぐるこれまでの流れをご紹介します。比喩なので語りつくせているわけではありませんが、資金メカニズムや資源動員の議論に触れる場合の全体像としてご参考になれば幸いです。


第一章 1992年、「地球みんなの食堂」をつくろう

1992年、生物多様性条約が採択されました。世界中の国々は、「自然を守ることは世界共通の利益であり、一部の国だけでは実現できない」と考えました。

しかし、自然を守るためにはお金が必要です。先進国が途上国を支援する資金を出そう(条約20条)。そして「世界中の国が利用できる食堂(資金メカニズム)をつくろう」と約束(条約21条)しました。この食堂は、お腹を満たすためではありません。世界中の自然を守るために必要な「力」を届けるための食堂です。

ところが、新しい食堂を建てる時間はありませんでした。

そこで、「まずは地球環境ファシリティー(GEF:Global Environment Facility)という既存の食堂を借りよう」ということになりました。これが、生物多様性条約39条に定められた「暫定的な資金メカニズム」です。

CBD交渉に参加人が、”資金メカニズムという議題名”を聞いて、いろいろ世界の仕組みを議論するのかと思って覗いてみたら、GEFのことしか話してないと戸惑うのは、「暫定」メカニズムだからです。暫定なので、GEFが議題ではなく、資金メカニズムが議題名。


第二章 ところが、その食堂はフードコートだった

GEFは、生物多様性だけの食堂ではありません。気候変動、砂漠化、化学物質など、様々な環境条約が利用する巨大なフードコートです。現在、GEFの資金の4分の1以上は生物多様性条約の方向性に沿った資金支援がなされ、残り4分の1の事業も主目的は気候変動でも生物多様性を考慮した事業(Nature-based Solutions)となっており、半分以上の資金が生物多様性条約の目的に資する支払いとなっています。でもフードコートのため、経営者は生物多様性条約ではなく、メニュー開発チームも生物多様性条約締約国の要望を聞きつつも、食堂の判断で作られています。

さらに、このフードコートは世界銀行グループの中で運営されており、途上国からは「実質的にアメリカビルの中にある食堂」のようにも見えます。そのため、生物多様性条約の加盟国であっても、政治的事情から十分利用しにくい国があることも、長年指摘されてきました。米国が独自に制裁を科す国もあり、その国からすると、生物多様性食堂でご飯を食べれる資格があるのに、アメリカビルのセキュリティにかかって、食堂に容易に入れないという抗議もあります。

途上国からは、「生物多様性条約専用の食堂が必要ではないか」という声が次第に大きくなっていきました。


第三章 30年たって始まった食堂改革

COP15、COP16では、食堂そのものをどうするかが大きな議論になりました。

途上国は、「もう間借りは終わりにして、生物多様性条約専用の食堂をつくろう」と主張します。

一方、先進国は、「新しい食堂を建てるより、GEFというフードコートをもっと使いやすく改装した方が現実的ではないか」と考えています。

COP16では結論を急がず、2030年までに、「専用食堂を建てるべきか」「GEFを改革すれば十分なのか」を判断するための基準作りを含む、工程表が合意されました。SBI7は、その改革が予定どおり進んでいるかを確認する会議でもあります。


第四章 食堂改革では何が議論されているのか

食堂改革の議論は、「建物を新しくするか」だけではありません。どんな食堂なら利用しやすく、本当に自然保護を支えられるのかが議論されています。

例えば、

  • 料理の量をもっと増やしてほしい(資金総額の拡大)
  • 今ある料理を分けるのではなく、新しい料理を作ってほしい(Additional Resources)
  • 注文した料理が毎年きちんと届くようにしてほしい(Predictable)
  • 注文方法をもっと簡単にしてほしい(Simplified Procedures)
  • 利用者が希望した料理をきちんと出してほしい(Country-driven)
  • 料理が届くまで何年も待たせないでほしい(迅速なアクセス)

といった改善が求められています。つまり、「料理そのもの」だけでなく、「注文しやすく、安心して利用できる食堂」に変えることが求められているのです。


第五章 スポンサーも増やそうという議論

最近は、食堂のスポンサーについても議論が広がっています。これまでは、主に先進国がスポンサーでした。しかし、時代は1992年から大きく変わりました。

企業、金融機関、財団、民間投資など、政府以外からもスポンサーを増やそうという議論も進んでいます。金融・資金の手法も様々な進化を遂げました。

つまり、食堂を支える人を世界全体へ広げようという考え方です。

一方、途上国は、「企業や新しいスポンサーが増えることは歓迎する。しかし、それを理由に先進国が約束したスポンサー料を減らしてはいけない」と主張しています。民間資金は歓迎する。しかし、それは政府資金の代わりではなく、追加であるべきだという考えです。

今回のSBI7で火がついている議論は、先進国からの投げかけです。

「資金が必要といっても、今の先進国で出せる資金には限界が見えてくる。」「世界経済は1992年から大きく変わった。生物多様性の資金が必要なのは同意するから、経済成長した国にも、自発的にスポンサーになってもらってはどうか。」条約を作った時にも、「先進国と、先進締約国の義務を任意に負うことができる国の一覧を作って、随時更新しようと約束した」(条約20条2項)よね。というものです。SBI7ではさらに踏み込んで「リスト更新を一回一回交渉してたら大変なので、世銀の一人当たり所得の高所得国(Hi-Income)に入ったらという自動で決まる方式はどう?」という提案がでました。


第六章 隣のレストランの料理を持ってきていないか

また、覚えておいてほしい象徴的な議論の一つが、「どの料理を、生物多様性食堂の料理として数えるのか」という問題です。

近年、気候変動対策でも、森林保全、マングローブ、自然に根差した解決策(NbS)など、生物多様性にも寄与する取組が急速に増えています。

先進国は、「気候変動のために作った料理でも、生物多様性にも役立つなら、生物多様性の料理として数えてもよいのではないか」と考えています。

一方、ブラジルなど多くの途上国は、「それは気候変動レストランで提供している料理です。『生物多様性風味』というラベルを貼り替えただけで、新しい料理が増えたことにはならない」と懸念しています。

つまり、本当に新しい料理が増えたのか。それとも、隣のレストランの料理を持ってきただけなのか。

これが「Additional Resources(追加的資源)」をめぐる議論の本質です。


第七章 この食堂は、誰のためにあるのか

ここまで見ると、資金を出す国と、資金を受ける国が対立しているように見えます。しかし、本来、この食堂は勝ち負けを決めるために作られたものではありません。地球上のすべての人々が、生物多様性という共通の財産を守るために協力する場としてつくられたものです。腹が減っては戦は出来ぬといいますが、敵(?)は国ではなく、生物多様性の損失やその損失を支える間接要因(戦後に積み重ねられた社会の価値観や仕組み)です。だからこそ、双方の主張には、それぞれ理由があります。

途上国は、「約束された支援がなければ、生物多様性を守る責任を果たせない」と訴えます。一方、先進国は、「本当に必要な料理の量はどれくらいなのか、その料理は十分効果的に使われているのか。また、国内の資源動員や民間資金の活用など、あらゆる資金源を組み合わせていくことも重要ではないか」と考えています。どちらか一方だけが正しいわけではありません。

重要なのは、

  • 必要な資金を客観的に把握すること
  • 限られた資金をより効果的に使うこと
  • 途上国自身の資源動員も強化すること
  • 先進国だけでなく、民間企業や金融機関、財団、新たな拠出国など、あらゆる主体(All Sources)がこの食堂を支えること
  • そして、互いの信頼の上に国際協力を築くこと

です。

資源動員と資金メカニズムは、一見すると「お金」の議論に見えます。しかし、その本質は、限られた地球の自然を守るために、世界はどのように責任を分かち合い、協力し続けることができるのかという、多国間主義そのものが問われるテーマなのです。


国際自然保護連合日本委員会

会長 道家哲平