国際会議に現地で参加する楽しみの一つは、それまで訪れたことのなかった国の自然や文化に触れられることです。今回、COP17への参加にあわせて、アルメニアを代表する景勝地、セヴァン湖を訪れました。

会場のある首都エレバンから車で約1時間。標高約1,900メートルに広がるセヴァン湖は、琵琶湖の2倍近い面積を持つ、アルメニア最大の湖です。美しい景観に加え、灌漑や発電、漁業、観光を通じて、人々の暮らしを支えてきました。(セヴァン国立公園、2019a)

 

修道院の石壁で出会った生きものたち

最初に訪れたのは、湖畔にあるハイラヴァンク修道院(Hayravank)です。ここで目を引いたのは、修道院の石壁のあちこちに姿を見せるカナヘビの仲間でした。Darevskia属ではないかと考え、生きものの観察記録を投稿・共有できるアプリ「iNaturalist」を使いながら観察しました。

澄んだ青空の下、石壁にはたくさんのカナヘビの仲間が見られました。歴史ある建築物を訪ねる時間が、その土地の生きものと出会う自然観察の時間にもなりました。

島が半島に変わった理由

次に訪れたのは、半島の丘の上に立つセヴァナヴァンク修道院(Sevanavank)です。874年に建てられた教会が残り、湖を見渡せる場所として知られています。(セヴァン国立公園、2019b)

ここで驚いたのは、修道院のある半島が、かつては島だったということです。ソ連時代、発電や灌漑のために湖水が大量に利用され、湖の水位は一時、約20メートル低下しました。その結果、島は陸続きとなってしまいました。現在目にする風景には、人間による大規模な自然改変の歴史が刻まれています。(セヴァン国立公園、2019a)

現在、湖畔にはホテルや別荘、商業施設が立ち並び、多くの観光客が訪れています。一方で、島が半島に変わるほどの水位低下は、湖岸の風景だけでなく、生きものの生息環境も大きく変えてきました。魚の産卵場が失われるなど、美しい景観を眺めるだけでは気づきにくい影響が、湖の生態系に及んでいます。

美しい景観の背後にある生態系の変化

水位低下の影響を受けてきた生きものの一つが、この湖に固有のトラウト類です。従来「セヴァントラウト」としてまとめられていた魚には、産卵する季節や場所などが異なる4つの型が知られていました。そのうち2つは、産卵場の喪失などによって姿を消したと報告されています。残る型についても、人工増殖を通じた保全が行われてきました。(Bogdanowiczほか、2017)

また、湖の環境問題は水位の低下だけではありません。生活排水や農業などに由来する栄養塩の流入も、水質悪化の要因となっています。こうした問題は、生物多様性だけでなく、湖の水や漁業、観光に支えられる地域の暮らしにも関わります。観光による経済的な恩恵を将来にわたって得るためにも、その基盤である湖の生態系を守ることが欠かせません。(アジア開発銀行、2026)

こうした問題は、生物多様性だけでなく、湖の水や漁業、観光に支えられる地域の暮らしにも関わります。観光による恩恵を将来にわたって得るためにも、その基盤である湖の生態系を守ることが欠かせないと感じました。

COP17会場で知った、流域全体を守る取り組み

COP17のグリーンゾーンでは、アルメニア環境省の環境事業実施機関(EPIU)による、セヴァン湖流域の保全活動の展示を見ました。現地で知った課題と、会議場で紹介されている取り組みがつながる機会でした。

展示で紹介されていたのは、セヴァン湖流域の土地資源と重要な生態系の保全・持続可能な管理を目指す事業です。地球環境ファシリティ(GEF)が約360万米ドルを助成し、国連開発計画(UNDP)の支援・監督の下、環境省のEPIUとWWFアルメニアが役割を分担して実施する枠組みとなっています。(GEF、事業概要、UNDP、2023)

主な取り組みとして、次の内容が計画されています。(UNDP、2023)

  • 土地利用の一体的な計画:農地、牧草地、森林、保全地域などを、流域全体のつながりを踏まえて管理する。
  • 持続可能な農業・放牧・森林管理:土地の劣化を抑え、水資源を効率的に利用する。
  • 生息地の保全:セヴァン国立公園と、その外側にある重要な生態系の保全を進める。
  • 地域の生計への支援:自然への負荷を抑えた観光や農業など、保全につながる収入機会を支える。

湖そのものを守るためには、湖面だけでなく、周辺の土地利用や地域の暮らしにも目を向ける必要があります。この事業は、そのつながりを踏まえた取り組みといえます。

湖水の利用状況にも変化が見られます。2026年9月25日、アルメニアの水委員会は、同年の灌漑用の取水量が約7,530万立方メートルとなり、過去65年間で最少だったと発表しました。あわせて、アルパ・セヴァントンネルを通じた導水量が前年より増加し、湖の水位が前年より21センチ高くなったことも報告しています。(アルメニア水委員会、2026)

ただし、取水量や水位の変化だけで、水質や生物多様性が回復したと判断することはできません。水質、生息地、魚類の繁殖状況などを継続的にモニタリングし、その結果に応じて管理の方法を見直していくことが必要だと感じました。

湖の恵みを味わい、会議の議論を現場につなぐ

昼食には、湖畔のレストランで、シグ(ホワイトフィッシュ)のマリネと煮込み料理をいただきました。マリネは骨こそしっかりしていましたが、臭みがなく、塩味がよく利いていました。煮込み料理は身が口の中でほろほろとほどけ、魚のうまみがジャガイモにも染み込んでいました。

美しい湖を眺めながらセヴァン湖の魚料理を味わう時間は、この土地の自然と食文化とのつながりを感じる機会にもなりました。湖の環境を守ることは、生きものの生息地を守るとともに、こうした食や暮らしの豊かさを未来につなぐことでもあると感じました。

セヴァン湖では、美しい景観を楽しみ、生きものを観察し、地域の食を味わいました。同時に、人間の活動が湖にもたらしてきた変化と、生態系の回復に向けた取り組みも知りました。こうした体験を通じて、COP17で議論される「生物多様性の保全と持続可能な利用」を、湖の自然や人々の暮らしに関わる具体的な課題として考えることができました。

会議場で得た知識を現場に結びつけ、現場で生まれた疑問を会議場に持ち帰る。開催国の自然や環境課題を五感で知ることも、国際会議に現地で参加する醍醐味の一つだと感じました。

 

参考文献・参照資料

  1. セヴァン国立公園(2019a).Lake Sevan.2019年3月29日.湖の標高・面積、湖水の利用、水位低下と環境への影響に関する資料。
    URL:https://sevan-park.am/en/2019/03/29/lake-sevan/
  2. セヴァン国立公園(2019b).Sevanavank.2019年5月17日.修道院の立地と歴史に関する資料。
    URL:https://sevan-park.am/en/2019/05/17/sevanavank/
  3. Bogdanowicz, W., et al.(2017).Fish introductions in the former Soviet Union: The Sevan trout (Salmo ischchan) — 80 years later.PLOS ONE, 12(7), e0180605.
    URL:https://doi.org/10.1371/journal.pone.0180605
  4. Asian Development Bank(2026).Resilience for Lake Sevan: Leveraging the Economic Value of Ecosystem Services for Strategic Pollution Control Investments in Armenia.湖の水質、汚染対策、生態系サービスに関する報告書。
    URL:https://www.adb.org/publications/resilience-lake-sevan
  5. Global Environment Facility(GEF).Conservation and Sustainable Management of Land Resources and High Value Ecosystems in Lake Sevan Basin for Multiple Benefits.事業番号10854.
    URL:https://www.thegef.org/projects-operations/projects/10854
  6. United Nations Development Programme(UNDP)(2023).Environment and Social Management Framework(ESMF).2023年7月5日公開.事業の目的、活動内容、実施体制に関する資料。
    URL:https://www.undp.org/armenia/publications/environment-and-social-management-framework-esmf
    実施体制の詳細:英語版PDF
  7. アルメニア水委員会(2026).Water intake from Lake Sevan for irrigation purposes drops to its lowest level in 65 years.2026年9月25日.
    URL:公式発表ページ

(ウェブ資料の閲覧日:2026年10月28日)

IUCN-J ユース会員 緋熊と黒潮
志村怜音