国際交渉の舞台から、生物多様性保全の現場へ

今回のCOP17では、2022年に採択されたKM-GBFの実施状況を評価する、初めてのグローバルレビューが重要な議題となっている。2030年に向けた国際目標の達成状況を確認し、各国がこれまでに進めてきた取り組みの成果や課題を検証する機会である。

こうした国際的な議論が行われるなか、開催国アルメニアの生物多様性と現地での保全活動について理解を深めるため、Khosrov Forest State Reserve周辺で実施されたエコツアーに参加した。

今回のツアーを主催したのは、アルメニアで野生動物の保護や生態系の回復に取り組むFoundation for the Preservation of Wildlife and Cultural Assets(FPWC)である。同団体はCOP17のグリーンゾーンにも出展し、現地での保全活動を国際社会に発信している。

FPWCは、国家保護区に隣接する約30,000ヘクタールのCaucasus Wildlife Refuge(CWR)を管理している。CWRは、希少な野生動物の生息地を確保し、周辺地域との生態学的なつながりを維持するうえでも重要な区域である。

今回の訪問では、山岳地帯でのハイキングを通じて、野生動物のモニタリングや森林再生について学んだほか、長期間の飼育がクマの心身に及ぼす影響など、自然保護の現場が直面する課題について話を聞いた。

国際会議で議論される生物多様性保全の目標は、現場においてどのように実施され、その成果は何によって評価されるのだろうか。

今回の訪問は、この問いを具体的に考える機会となった。

ヒョウの撮影記録から考える、野生動物のモニタリング

山でのハイキングでは、野生動物の生息状況を把握するために設置された自動撮影カメラの回収作業に立ち会うことができた。

偶然にもその日はカメラの回収日であり、記録には約2か月前に撮影されたヒョウ(レオパード)の姿が残されていた。

コーカサス地域に生息するペルシャヒョウ(Panthera pardus tulliana)は、広い行動圏を必要とする大型肉食動物であり、生息地の分断や餌資源の減少などが保全上の課題となっている。

こうした野生動物の生息状況を把握するうえで、自動撮影カメラによるモニタリングは重要な役割を担う。人間が直接観察することの難しい動物でも、設置されたカメラによって生息や活動の記録を蓄積することができる。

一方で、撮影された回数が、そのまま生息する個体数を示すわけではない。調査地点に動物が存在していても撮影されない可能性があり、記録を解釈する際には、こうした検出確率(detection probability)や調査努力量を考慮する必要がある。

つまり、今回確認したヒョウの記録は、その個体が当該地点を利用していたことを示す貴重なデータではあるものの、それだけで地域の個体群が安定、あるいは回復していると判断することはできない。

生息状況を評価するためには、継続的な観測によって個体数の動向や生息地の利用状況を把握していくことが重要となる。

また、ハイキング中には、双眼鏡を使って山の斜面にいる野生のヤギの姿を観察することもできた。

この地域にはベゾアールヤギ(Capra aegagrus)が分布しており、ペルシャヒョウの重要な餌動物の一つとして知られている。

大型肉食動物の保全には、その種の生息地を確保するだけでなく、餌となる動物の個体群や、それらを支える植生、生息地間の連結性を維持することが欠かせない。

今回目にしたヒョウの撮影記録と野生のヤギは、それぞれ異なる観察体験だった。しかし、生態学的な視点から捉えると、捕食者と餌動物の関係を通じて、野生動物の保全が生態系全体の維持と結びついていることが分かる。

COP17で議論されているKM-GBFのTarget 3、いわゆる「30by30目標」では、保護区域の面積だけでなく、生態学的な連結性や管理の実効性も重視されている。

このことを踏まえると、保護区域を設定することに加え、そこに生息する野生動物の状態を科学的に把握し、保全の成果を継続的に検証する仕組みが重要であると感じた。

クマを救出することと、心身の回復を支えること

今回のエコツアーで特に印象に残ったのが、クマの保護とリハビリテーションに関する説明である。

アルメニアでは、レストランや観光施設などでクマが狭い檻に閉じ込められ、見世物として飼育されてきた問題がある。FPWCは、こうした環境に置かれたクマの救護や、その後のリハビリテーションに取り組んでいる。

現地で話を聞くなかで考えさせられたのは、長期間にわたる不適切な飼育が、身体的な健康状態だけでなく、動物の心理状態や行動にも深刻な影響を及ぼし得るという点だった。

本来、野生のクマは広い範囲を移動し、採食や探索など多様な行動をとりながら生活している。しかし、狭く刺激の乏しい環境では、こうした自然な行動が制限され、同じ場所を繰り返し歩き回るといった常同行動(stereotypic behaviour)が現れる場合がある。

常同行動は、慢性的なストレスや行動欲求の阻害などと関連することが知られており、動物福祉の状態を評価するうえで重要な手がかりとなる。

FPWCでは、救護されたクマに対する獣医療に加え、採食や探索などの自然な行動を促す環境エンリッチメント(environmental enrichment)を取り入れ、心身の回復を支援している。

環境エンリッチメントの有効性は学術研究でも検討されており、飼育下のクマを対象とした研究では、採食に関するエンリッチメントによって探索行動が増加し、常同行動などの異常行動が減少する傾向が報告されている。

ただし、長期間の飼育による影響は個体によって異なり、保護後に必ずしも野生へ戻れるとは限らない。また、常同行動の減少だけで心理的な回復が完了したと判断できるものでもない。

そのため、動物の健康状態や行動の変化を継続的に観察し、個体ごとに適切なケアを行うことが重要となる。

ここで考えさせられたのは、クマを狭い檻から救出するという行為と、そのクマが身体的・心理的に回復するという成果は、必ずしも同じではないという点である。

さらに、この問題は、生物多様性保全と動物福祉という二つの視点の違いについても考える機会となった。

生物多様性保全では、主に種の絶滅リスクや個体群の維持、生態系の状態などが評価対象となる。一方、動物福祉では、個々の動物が置かれている身体的・心理的な状態にも目が向けられる。

両者は必ずしも同じ指標で評価できるものではないが、野生動物と人間との関係を考えるうえでは互いに補完し得る視点である。

今回の説明を通して、保全の成果を捉える際には、個体群や生態系という単位に加え、個々の動物の状態にも目を向ける意義があると感じた。

小さな苗木から考える、森林再生の長期的な成果

ツアーでは、FPWCが進める森林再生についても説明を受け、植林に用いる小さな苗木を実際に見ることができた。

FPWCは、劣化した森林景観の回復に向けて在来樹種を用いた植林活動を展開しており、植栽地の環境条件に適した苗木を育てるTarget Plant Concept(TPC)という考え方を導入している。

TPCでは、苗木の品質を育苗施設での成長だけで判断するのではなく、植栽後の生存や成長、植栽地の環境条件との適合性を重視する。

特に、乾燥・半乾燥地域を含むアルメニアでは、植栽後の苗木が水分ストレスに耐え、定着できるかどうかが重要な課題となる。

植物は水分が不足すると、気孔の閉鎖によって蒸散を抑える一方、CO₂の取り込みが制限されることで光合成速度が低下する場合がある。また、根系の発達や土壌の保水性なども、苗木の生存や成長を左右する要因となる。

そのため、植林の成果を評価する際には、植えた木の本数だけでなく、植栽後の生存率や成長状況を継続的に把握することが重要となる。

さらに、苗木が順調に成長したとしても、それだけで森林生態系全体が回復したとは言えない。

生態系の回復には、植生の構造や種組成、土壌環境、野生動物の生息状況など、さまざまな要素が関係している。

FPWCが取り組む森林再生も、植物の回復だけでなく、野生動物の餌資源や生息環境の形成と結びついている。

これは、KM-GBFのTarget 2とも関連する。Target 2では、2030年までに劣化した生態系の少なくとも30%を効果的な回復の取り組みの対象とすることが掲げられている。

一方で、生態系の回復は長期的な過程であり、2030年までにすべての生態系が完全に回復することを意味するものではない。

今回目にした小さな苗木が、将来どのように成長し、どのような生物を支える環境を形成するのか。その変化を明らかにするには、長期的なモニタリングが必要となる。

苗木を植えることは森林再生に向けた取り組みであり、生態系が実際に回復したという成果そのものではない。

この違いは、国際目標の達成状況を評価するうえでも重要な視点であると感じた。

COP17のグローバルレビューが問う「保全の実効性」

今回のエコツアーでは、野生動物のモニタリング、クマのリハビリテーション、森林再生という、異なる保全活動について学ぶ機会があった。

それぞれ対象とする課題や手法は異なるが、共通しているのは、取り組みを実施したという事実だけでは、その成果を十分に評価できないという点である。

ヒョウが撮影されたことは、個体群の回復を意味するのか。

救護されたクマは、その後どのような身体的・心理的な変化を示しているのか。

植栽された苗木は、長期的に生存し、生態系の機能回復につながっているのか。

こうした問いは、保全活動の実施状況と、その結果として生じた変化を区別する必要性を示している。

生物多様性保全の評価には、保護区域の面積や植林本数など、取り組みの規模を把握するための指標が必要となる。一方で、野生動物の個体群動態や植生の変化など、生態系そのものの状態を捉える科学的な指標も欠かせない。

さらに、観測された変化が保全活動によるものなのか、それとも気候変動や土地利用の変化など、他の要因によるものなのかを慎重に検討する必要もある。

COP17に向けて公表されたグローバルレポート『State of Biodiversity Action』では、各国の生物多様性に関する政策目標の設定が進んでいる一方で、2030年目標の達成に向けてさらなる実施の加速が必要であることが指摘されている。

こうした国際的な進捗評価においても、政策や活動が実施されたかを確認することに加え、実際の生物多様性の状態にどのような変化が生じているのかを把握することが重要となる。

また、今回FPWCの活動に触れたことで、国家が管理する保護区に加え、民間団体などが担う保全活動の役割についても考えさせられた。

KM-GBFのTarget 3では、保護地域とともに、OECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)を通じた効果的な保全・管理が位置づけられている。

FPWCのような団体が蓄積するモニタリングデータや現場の知見を、国家の生物多様性戦略や国際的な進捗評価とどのように結びつけていくのか。

こうした仕組みを考えることも、国際的な目標を現場の保全活動へとつなげるうえで重要な論点である。

国際目標と、生態系が回復する時間

今回の訪問を通して、もう一つ考えさせられたのは、国際的な政策目標と生態系の回復とでは、時間の捉え方が異なるということである。

KM-GBFでは2030年という期限が設けられている。一方で、森林の再生や野生動物の個体群の回復には、場合によって数十年に及ぶ時間が必要となる。

長期間の飼育によって行動に影響を受けたクマのリハビリテーションも、必ずしも短期間で成果が表れるものではない。

そのため、2030年までの進捗を評価することと、2030年以降も継続的に自然環境の変化を捉えることは、両立させる必要がある。

今回のエコツアーで目にしたのは、約2か月前に記録されたヒョウの姿、山の斜面に生息する野生動物、そして将来の森林を形成していく小さな苗木だった。

また、クマのリハビリテーションについての説明からは、保全活動の成果を個々の動物の状態から考える視点も得られた。

国際会議では、目標や指標、実施手段について多くの議論が交わされている。しかし、その先にあるのは、実際に生息する野生動物であり、回復を待つ生態系であり、それらを長期的に守ろうとする現場の人々の活動である。

「何をしたか」だけでなく、「その結果、何が変わったのか」。

そして、その変化を科学的にどのように評価し、次の保全活動や政策に反映させていくのか。

今回の訪問は、COP17で議論される生物多様性保全の目標を、現場での観察と科学的な知見を通して考え直す機会となった。

 

Japan Youth Platform for Sustainability
嶋田恭子

参考文献: