10月19日、アルメニア・エレバンで開催中の生物多様性条約第17回締約国会議(COP17)で、生物多様性クレジットに関するサイドイベントに参加した。自然の保全・再生による成果を評価し、資金につなげるこの仕組みに、私は期待とともに疑問を抱いた。市場が広がることで、実際に自然が守られ、それを支えてきた人々に資金が届くのだろうか。
ブラジルの関係者が登壇するなか、まず気になったのは「なぜブラジルなのか」ということだった。IUCN-Jの道家さんに伺うと、ブラジルは以前の関連会合でも、生物多様性クレジットの議論を主導してきたという。今回の発表は、その動きを具体的な制度や現場の取り組みから知る機会となった。
約1,000倍の市場規模の差から考えたこと
発表で特に印象に残ったのは、規制・補償型市場と自主的な市場の規模の違いである。IISDのアドバイザーの示した2025年の推計では、前者は約90億米ドル、後者は約800万〜1,000万米ドルだった。自主的な市場は、規制・補償型の約1,000分の1にとどまる。
両者は対象や制度の目的が異なり、この差をそのまま義務化の効果とみなすことはできない。それでも私は、企業の自主的な取り組みに期待するだけで、必要な保全資金を確保できるのかと考えさせられた。企業の参加を促す政策や、継続的な需要を生み出す仕組みが重要なのだと感じた。
ブラジルのLIFE Instituteからは、民間保護区での保全活動を独立した第三者が監査・認証し、地域開発銀行BRDEがクレジットを購入する事例が紹介された。自然を守る活動に対して資金を届ける仕組みが、すでに地域で具体化していることは興味深かった。
「10を10に保つ」営みは評価されるのか
一方、最も考えさせられたのが「追加性」をめぐる議論だった。追加性とは、その事業や資金がなければ生じなかった保全成果を問う考え方である。しかし、改善した量ばかりに注目すると、豊かな自然を長年守ってきた人々の活動が評価されにくくならないだろうか。
単純なたとえではあるが、自然を回復させる「0から1」の取り組みと、豊かな自然を維持する「10を10に保つ」取り組みを考えたい。どちらも自然保全に欠かせない。後者も継続的な労力や費用を必要とするが、状態の変化だけを見れば、その貢献は見えにくい。
もちろん、維持管理に追加性がないとは限らない。活動がなければ失われていた自然を守ることや、維持に必要な資金を新たに確保することも評価の対象になり得る。大切なのは、保全成果の確かさを求めながら、守り続けてきた人々にも資金を届けることである。その両立の難しさが印象に残った。
市場の数字の先にある自然を見る
自然を取引可能な商品として扱うことへの懸念にも、私は共感した。地域ごとに異なる生きものの関係や、人々と自然とのつながりを、取引のための指標でどこまで表せるのだろうか。
CO₂換算という共通単位を持つカーボンクレジットにも、評価と実際の成果の隔たりが指摘されている。2025年の研究では、分析対象となった事業のクレジット発行量のうち、実際の排出削減に相当すると推計された割合は16%未満だった(Colmer et al.,2025)。対象を限定した研究ではあるが、クレジットの発行量がそのまま環境改善を意味するわけではないことを示している。
生物多様性クレジットについても、いくら取引されたかに加えて、どのような自然が守られ、損失が防がれ、誰に利益が届いたのかを確かめる必要がある。定量化は資金を動かすうえで有用だが、指標に表れない価値を見落とす可能性もある。
私が今回の議論から持ち帰ったのは、「私たちは何を守ろうとしているのか」を問い続ける必要性である。制度や市場の数字を追うときにも、現場の自然と、それを守る人々の営みに目を向けたい。
参考文献
Colmer, J., Martin, R., Muûls, M., & Wagner, U. J. (2025). Does pricing carbon mitigate climate change? Firm-level evidence from the European Union Emissions Trading System. The Review of Economic Studies, 92(3), 1625–1660.
IUCN-J ユース会員 緋熊と黒潮
志村怜音























