アルメニアの首都エレバンで開催されている生物多様性条約第17回締約国会議(CBD-COP17)は、会期4日目を迎えました。
各国の交渉は、徐々に決定文書をまとめる段階へと進んでいます。ジェンダー、情報共有、教育・普及啓発、外来種などの議題では、決定案の文言調整が進展しました。一方、資源動員と生物多様性の主流化という重要議題では、各国の立場の違いが鮮明になっています。
特に資源動員では、国際的な資金を提供する国の範囲を見直すかどうかをめぐり、交渉案が4案から8案へと増加。前回のCOP16でも難航した資金問題が、再び大きな争点となっています。最終的には政治決定を待つ形になりそうですが、追加された案を見ると「落としどころ」を探す提案も見受けられます。
会議場の外でも重要な動きがありました。IUCNはサンゴ礁生態系の崩壊リスクに警鐘を鳴らす発表を行い、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は、企業の自然関連情報開示に関する新たな提案を公表しました。
政府間交渉、科学的な評価、企業や金融市場のルールづくり。それぞれ異なる動きが、COP17の会場で同時に進んでいます。
資金と主流化――COP17の重要争点で交渉が続く
22日の交渉で注目されたのは、生物多様性保全のための資金を誰が提供するのかという問題です。
生物多様性条約では、先進国が開発途上国の取り組みを支援するための資金提供について責任を負っています。一方、世界の経済状況が変化するなか、資金提供国の範囲を広げるべきだという意見もあります。
22日に提示された交渉文書では、この問題に関する選択肢が4案から8案に増加しました。各国の立場の違いは依然として大きく、具体的な合意に向けた調整は進んでいません。
もう一つの重要議題が「生物多様性の主流化」です。これは、自然保護を環境行政だけの課題とせず、農業、林業、水産業、企業活動など、社会経済のさまざまな分野に組み込むことを意味します。
農林水産業などの生産活動と生物多様性の保全・持続可能な利用をどう結びつけるかについて、長時間の交渉が行われました。すべての分野の意思決定に生物多様性の価値を統合することや、企業・金融機関が事業活動やバリューチェーン、移行計画に生物多様性を組み込むことについては、文書上の合意が進みました。一方、国の政策として産業分野ごとの移行計画をどのように位置づけるかについては、引き続き意見が分かれています。
一方、ジェンダー行動計画、情報共有、教育・普及啓発、外来種対策などでは、決定文書の整理が進みました。
特に外来種については、早期発見、情報共有、緊急時の資金や技術へのアクセスなどを含む科学的ガイダンスの作成について合意が得られました。
また、夜間にも協議が続き、世界全体の生物多様性目標の進捗を評価するグローバルレビュー、気候変動と生物多様性、健康との関係などが議論されました。
合意できる議題は着実に前進する一方、資金や産業活動の転換といった、実施に直結する課題ほど調整が難しい状況です。
日本からの参加も活発に――交渉と現場の取り組みをつなぐ
COP17の会場では、政府間交渉と並行して、企業、自治体、研究機関、市民社会による多数のサイドイベントが開催されています。
22日には、農林水産省や国際的な自治体ネットワークICLEIに関係するイベントなどで、日本の関係者が登壇する機会も増えました。また、日本企業の関係者も続々とエレバンに到着しています。
COPは国際的なルールを決めるだけの場ではありません。企業が事業活動を変え、自治体が地域の自然を守り、研究者や市民社会が実践を支えるための協力関係を築く場でもあります。
国際交渉で議論されている政策を、実際の企業活動や地域の取り組みにどうつなげていくか。会場での交流の重要性を感じます。
IUCNが警鐘――世界のサンゴ礁生態系の96%が「深刻な危機」に
10月22日、IUCN(国際自然保護連合)は、世界のサンゴ礁生態系を対象とした初めての地球規模の「生態系レッドリスト」評価を発表しました。
評価対象となったのは、熱帯・亜熱帯の127の生態地域に広がる浅海域のサンゴ礁生態系です。その結果、96%が、2075年までの生態系崩壊リスクについて、最も危機的な「深刻な危機(Critically Endangered:CR)」に分類されました。 オーストラリアのグレートバリアリーフや東南アジアのコーラルトライアングルなど、世界を代表するサンゴ礁も含まれています。
最大の要因は、気候変動による海水温の上昇です。海洋熱波による大規模な白化現象が頻発し、サンゴの大量死や生態系の劣化を引き起こしています。
一方、今回の評価には、対策によって未来を変えられる可能性も示されています。過去50年間に実際に観測された変化だけで評価すると、CRに分類されるサンゴ礁生態系は24%にとどまります。将来の海水温上昇を考慮すると96%に増えるという結果は、今後の気候変動対策がサンゴ礁の未来を大きく左右することを意味しています。
また、乱獲による魚類の減少、沿岸開発、汚染などもサンゴ礁の回復力を弱めています。温室効果ガスの排出削減とともに、地域での適切な漁業管理、海洋保護、汚染対策などを進めることが重要です。
今回の評価には、80以上の国・地域から250人以上の専門家が関わりました。IUCNは別途、造礁サンゴ892種の絶滅リスクも再評価し、その44%が絶滅危惧種であると報告しています。
種の絶滅リスクと、生態系全体の崩壊リスクをそれぞれ科学的に把握することは、自然の状態を正確に理解し、保全と回復の成果を検証するうえで重要です。 COP17で議論されている生物多様性保全と気候変動対策を、具体的な行動へつなげる必要性を改めて示す発表となりました。
ISSBが自然関連情報開示の公開草案を発表――企業の取り組みを変えるか
22日、IFRS財団の国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は、自然関連情報開示に関する実務指針の公開草案を公表し、意見募集を開始しました。
ISSBは、企業のサステナビリティに関する情報を、投資家などが比較し、意思決定に活用できるようにするための国際的な基準づくりを進めています。
今回の提案では、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の考え方やガイダンスを活用し、企業が自然に関するリスクや機会をどのように評価・開示するかを示しています。
ただし、今回提案されたのは、独立した新しい義務的開示基準ではなく、既存のISSB基準を補完する実務指針の案であり、かつ、実務指針という形での設定自体の是非も意見の対象となっています。
特にCOP17の会場に参加している企業関係者にとっては、今回の発表を各国の企業や金融機関がどのように受け止めているか、直接意見交換できるという利点があります。同時に、開示が企業の財務リスク管理にとどまらず、自然への悪影響の削減や自然の回復につながる仕組みになるかという点を、引き続き見ていく必要があると考えています。
9.10月22日を振り返って――自然の危機を、社会の変革へつなげられるか
10月22日のCOP17は、いくつもの異なる動きが同時に進んだ一日でした。
政府間交渉では、ジェンダー、情報共有、教育、外来種などの議題で合意に向けた文書整理が進みました。一方、資源動員では資金提供国の責任をめぐる対立が深まり、主流化では産業分野の移行や生物多様性の持続可能な利用をめぐる調整が続いています。
科学の分野では、IUCNがサンゴ礁生態系の危機を明らかにし、金融市場の分野ではISSBが自然関連情報開示の新たな提案を行いました。
これらは一見すると別々の動きですが、共通する問いがあります。
それは、自然の危機を知ることから、自然を守り回復させるための具体的な行動へ、どのように移っていくのかということです。
科学的な評価によって自然の危機が明らかになっても、それを受け止める政策や資金がなければ対策は進みません。企業が自然関連情報を開示しても、その情報が経営判断や投資判断を変え、実際の自然の状態の改善につながらなければ、ネイチャーポジティブの実現には至りません。
COP17では、こうしたさまざまな仕組みを結びつけ、KMGBFの実施をどこまで加速できるかが問われています。
交渉が進むにつれて、各国の対立点も明らかになってきました。しかし、対立する論点を明らかにし、合意できる部分を積み重ねていくことも、国際交渉の重要な過程です。
残された会期で、資金、政策、企業行動、科学的な評価がどのように結びつき、具体的な成果につながっていくのか。引き続き現地からお伝えしていきます。
参考資料
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IISD Earth Negotiations Bulletin, Daily Report for 22 October 2026
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CBD-COP17の各作業部会およびコンタクトグループの交渉文書
本レポートは、10月22日の現地会議メモ、IISD-ENBの日次報告、関連機関の発表をもとに作成しました。作業部会による文書の承認は、締約国会議としての最終採択を意味するものではありません。
国際自然保護連合日本委員会
会長 道家哲平






















