2026年8月4日から12日まで、ケニア・ナイロビの国連ナイロビ事務所(UNON)で、生物多様性条約(CBD)の第7回条約実施補助機関会合(SBI7)が開催されました。
SBIは、その名のとおり、生物多様性条約や昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)を「どのように実施するか」を議論する補助機関です。今回のSBI7は、2026年10月にアルメニア・エレバンで開催されるCOP17に向け、GBF採択後初となる世界全体の進捗評価(グローバルレビュー)を踏まえ、2030年目標の達成に向けた実施の加速、資金、能力養成、知識管理、自治体や企業など多様な主体の参画について具体的な方向性を整理する重要な会合となりました。
一方、すべての議題で合意が得られたわけではありません。特に資源動員、DSI(遺伝資源に関するデジタル配列情報)、グローバルレビューを受けた今後の行動などでは多くの文章が角括弧(ブラケット)付きのまま残り、COP17での政治的な交渉に委ねられています。
1.グローバルレビュー―「進展はある。達成の道筋にない(Not on Track)」
COP17の最大のテーマであり、SBI7としても重要なテーマの一つが、GBF実施の世界全体での進捗を評価する「グローバルレビュー」です。
グローバルレビューは、129の締約国が期限までに提出した国別報告書を中心に、IPBESなどの科学的知見も活用して世界全体の集合的な進捗が評価された「グローバルレポート」をもとに、包括的な世界全体の進捗評価を行うこととなっています。一方、国別報告書の未提出やデータ・情報の不足、指標を使用するための能力や資源の不足なども確認されています。こうした制約を抱えながらも、レポートを踏まえて、COP17は何と「評価し」その評価を活かし締約国はじめ国際社会に「どんなメッセージを出すべきか」が問われます。
23のすべてのGBFターゲットについて実施の成功事例が確認され、政府だけでなく、IPLCs、自治体、国際機関、NGO、女性、ユース、研究機関、企業・金融などによる行動も確認されました。その一方で、レビューは実施の進展と同時に大きなギャップが残されていることを示しています。
この評価を受け、COP17ではGBFの実施を加速するための「Yerevan Pathway(エレバン・パスウェイ)」が議論されます。SBI7では、各国に実施加速を求める方向性そのものには幅広い支持があった一方、「ambition(野心)」を高めることまで求めるのか、各国の目標のscope and coverage(範囲・対象)を拡大するよう促すのか、そしてそれを資金・技術・能力などの「実施手段」とどう結びつけるのかについて意見が分かれました。
また、次回のグローバルレビュー(=GBFの最終評価)に向けて、指標の方法論的成熟度、国別モニタリング、報告負担などを改善することも重要な課題となりました。特に一部のヘッドライン指標は方法論的な準備が十分でなく、国別報告を難しくしていることが明記されています。
2.資源動員―「誰が、どこから、どのように資金を出すのか」
GBFターゲット19を実現するための資源動員は、今回も最も政治的な議題の一つとなりました。
COP16では、条約第21条・第39条に基づくCBDの資金メカニズムの将来像をCOP17で決定するためのプロセスが合意されています。SBI7では、その議論をさらに進めましたが、COP17に送られる文書のすべてをブラケットに入れるという結論となりました。
大きな争点の一つが、資金の「供出者ベース」の拡大です。現在の先進国を中心とする資金提供の枠組みに加え、条約成立時からあった「任意の資金提供能力を持つ国」というリストがあります。これの見直しが議論されました。文書には、先進国及び自発的に先進国の義務を負う国のリストを見直手法やその意義を整理するプロセスが複数の選択肢として定期されました。
同時に、途上国側からは、国際的な公的資金が依然として十分でなく、予測可能性にも欠けることが強調されました。
もう一つの大きな論点は、COP15で必要とされた新たな資金メカニズムがどのような性格を持つべきかです。アクセスの簡素化、新規・追加的・予測可能かつ十分な資金、途上国によるcountry ownership、IPLCs・女性・ユースの参加や直接アクセス、透明性・説明責任など、多くの要素が候補として示されていますが、その多くはまだ合意されていません。
したがってCOP17では、単なる「資金額」の交渉だけでなく、誰が資金を提供するのか、誰が意思決定するのか、誰が直接アクセスできるのか、既存のGEF等との関係をどうするのかという、CBDの資金制度そのものの設計が大きな争点となります。
3.資金メカニズム―GEF9とGBF実施をどう結びつけるか
資源動員と並行して、CBDの現在の資金メカニズムを「暫定的に」担う地球環境ファシリティ(GEF)についても議論されました。
2026年5月末時点のGEF第9次増資(GEF9)のプレッジ額は約39億米ドルとされています。一方、この額や供出国の範囲をどう評価するかについては意見が分かれ、文書には「資源の全体水準が実施ニーズに照らして不十分」とする表現などがブラケット付きで残っています。
一方、GEF9のプログラム方針がCBDから示された優先事項に対応していることや、共同資金(co-financing)の情報の透明性向上などについては前進が確認されました。以下の様々な決定資料案に、資金メカニズムGEFへの期待事項が[ ]に囲まれながら入っています。これらのGEFの要望もCOP17で整理されます。
4.DSIとカリ基金―制度を「作る」段階から「機能させる」段階へ
遺伝資源に関するデジタル配列情報(DSI)については、COP16で設立された多国間メカニズムとカリ基金(Cali Fund)を、実際にどのように機能させていくかが中心的なテーマとなりました。カリ基金はCOP16-Part2のタイミング(2025年2月)で設立され、SBSTTA-SBI期間中の7月31日に2社目が加わり総額6000ドルの基金となっています。拠出額が少ないからといって、直ちにカリ基金そのものの制度設計が失敗したと判断するものではありません。例えば各国が企業に拠出を促す行政・政策・法的措置を導入しているかなどを確認し、前提条件が不足している場合には、制度設計の変更ではなく、外交、法制度整備、能力構築などによって対応するという考え方が示されました。
大きな論点は2つです。
一つはカリ基金のガバナンスです。CBD事務局、UNDP、UNEP、国連マルチパートナー信託基金事務局(MPTFO)の間で締結された覚書と、COP16決定との整合性をCOP17で改めて検討すべきかが争点となり、複数の選択肢が残されています。
もう一つは、企業による拠出をどう拡大するかです。現在のセクターを基礎としたアプローチに加えて、DSIを限定的に利用する企業なども含め、製品・サービスを基礎とした拠出方法を検討する案などが残されています。最終文書では、カリ基金を含む多国間メカニズムが成功するためには、企業が拠出条件を明確に理解できること、企業にとって実行可能な仕組みであること、拠出者・提供者に法的確実性があること、資金を受け取る機関が機能していること、そして持続的な政治的コミットメントを伴う効果的なガバナンスという5つの「enabling conditions(実効性を支える前提条件)」が必要との考え方が示されています。
さらに、DSIデータへのオープンアクセスを維持しながら透明性・説明責任をどう確保するか、IPLCsの権利や伝統的知識をどう扱うか、各国のABS制度との整合性をどう確保するかなども重要な論点です。
COP18に予定される多国間メカニズムの有効性レビューに向けた評価方法も検討されました。ただし、カリ基金自体がまだ十分に稼働していないため、多くの項目は現時点では「not yet evaluable」と整理されています。
5.合成生物学―能力養成・技術移転の行動計画
合成生物学については、能力養成・開発、技術へのアクセスと移転、知識共有を支援するテーマ別行動計画について議論されました。
この行動計画を、締約国、IPLCs、女性・ユース団体などが活用し、NBSAPや関連するセクター政策にも必要に応じて反映することが提案されています。また、カルタヘナ議定書及び名古屋議定書の能力養成計画との重複を避け、相互補完的に進めることも示されています。
一方、合成生物学の利用・応用とCBD各条項との関係、予防的アプローチ、DSIとの関係など、一部の表現はCOP17に向けて引き続き検討されます。
6.自治体―国際目標を「地域の実施」に変える主体
自治体に関する議題では、国・準国家政府・都市・その他の地方政府の連携をさらに強化する方向が示されました。
文書では、自治体が国の生物多様性に関するコミットメントを地域の具体的な行動へと翻訳する重要な役割を担うことが明確に認識されています。
さらに、政府の各階層間の調整、対話、協力を強化するとともに、能力養成、相互学習(ピアラーニング)、情報・知識共有のための十分かつ予測可能な資金・技術支援が求められています。その際、IPLCs、女性、ユースなどの完全かつ効果的な参加も重視されています。
GBFを「国際目標」から実際のランドスケープ、都市、地域での変化につなげるうえで、自治体を単なるステークホルダーではなく、実施を担う政府主体として位置づける流れが一層明確になった議題といえます。一方で、「国内の状況及び法律にのっとって」といった表記を入れ、あくまでも中央政府の枠組みの中で行動することを強調するような、国と自治体の距離なども交渉から見えてくる議題でした。
7.能力養成と科学技術協力―「研修」から実施を支える仕組みへ
能力養成・開発と科学技術協力では、GBF実施に必要な能力ギャップへの対応とともに、地域・準地域のTechnical and Scientific Cooperation Support Centres(科学技術協力支援センター)とCBD事務局内に設置される(Global Coordination Entity)の本格運用が議論されました。
グローバルレポートで確認された能力上の障壁への対応が急務とされ、地域フォーラム、ピアラーニング、実践的ガイダンス、e-learning、training-of-trainersなどを組み合わせて支援を強化する方向が示されています。
一方、科学技術協力支援センター等については、資金、制度、能力の制約によって地域ごとの運用状況にばらつきがあることも指摘されています。今後はグローバルレビューや各国報告で明らかになった具体的なギャップを踏まえて支援することが求められます。
8.クリアリングハウスメカニズムと知識管理―「知識がある」から「使える」へ
クリアリングハウスメカニズム(CHM)と知識管理については、2024~2030年の作業計画とGBF実施を支える知識管理戦略の進展を確認しました。
一方、特に途上国では、国内CHMの構築・運営や知識管理戦略の実施に課題が残っています。このため、財政・技術支援、国内CHMの強化、科学技術協力支援センターを通じた能力養成などが重視されています。
注目されるのは、相互運用性(interoperability)やAIなどの新技術を活用し、オンライン報告ツールやCBDウェブサイト上の情報の検索性・利用可能性を高める案も盛り込まれていることです。ただし、この部分はまだブラケット付きです。
GBF実施では、新しい知識を生み出すだけではなく、各国や地域、現場の主体が既存の知識や成功事例を「見つけ、共有し、実際に使える」仕組みを構築することが重要になっています。
9.生物多様性の主流化―環境政策から経済・社会全体へ
生物多様性の主流化については、GBF達成に向けた進捗が依然として不十分であり、さらなる取組が必要であるとの認識が示されました。
具体的には、セクター間・政府階層間の連携、制度的能力、科学技術協力、必要な資源の動員を強化し、生物多様性とその多様な価値を各セクターの政策や意思決定に統合していくことが求められています。
議論では、企業・金融を含めどの主体を明示的に列挙するか、IPBESなどの科学的知見をどのように利用するか、主流化を支える国際的な仕組みをどこまで強化するかなどが論点となりました。
GBFではターゲット14~18をはじめ、多くの目標が政府の環境部局だけでは達成できません。主流化は、生物多様性政策を農林水産業、インフラ、都市、企業活動、金融などの意思決定そのものへ組み込むための横断的なテーマとなっています。
10.CEPA――「生物多様性教育」を世界的な行動へ
コミュニケーション、教育、普及啓発(CEPA)では、「Global Plan of Action for Education on Biodiversity(生物多様性教育に関する世界行動計画)」の案が大きな成果となりました。
SBI7では、この行動計画案を歓迎し、今後さらに意見を集めて発展させる「living document」と位置づける方向が示されました。
計画案は学校教育だけを対象とするものではありません。幼児から若者、成人、専門教育までを視野に入れ、世代間・コミュニティでの学習、ユースのリーダーシップ、自然との直接的な関わり、Whole-of-Societyの参加などを含む包括的な構想です。
さらに、教育を実施するための持続的・予測可能な資金、IPLCs・女性・ユースによる資金へのアクセスなども行動案に含まれています。
教育を単なる「普及啓発」ではなく、GBFが求める社会変革を可能にする条件として捉え直そうとしていることが、この議論の特徴です。
COP17、そしてこれからのGBF実施に向けて考えたいこと
SBI7では、個々の議題について多くの成果が得られました。同時に、会議全体を通じて見ると、2030年に向けたGBF実施を考えるうえで、いくつかの大きな問いが浮かび上がってきます。
1.「意欲度を高める」だけではなく、「どう実施するか」へ
今回のグローバルレビューが突きつけた最も重要なメッセージは、世界では様々な取組が進んでいる一方、現状のままではGBF達成の道筋にはないということです。では、それにどう応えるのでしょうか。
SBI7で印象的だったのは、単純に各国により高い目標やコミットメントを求めること以上に、すでに合意したGBFをどう実施できるようにするのかに議論の重心が置かれていたことです。
グローバルレポートを受けた勧告でも、NBSAPや国別目標のscope and coverageを強化するという提案は最後まで難しい論点となりました。一方で、各国の実施を支える資金、能力養成、科学技術協力、知識管理、モニタリング、自治体との連携などについては、それぞれ具体的な仕組みが議論されています。グローバルレビューの勧告案でも、新たなイニシアティブは「実施手段(means of implementation)」を代替するものではない、という点が明記されています。
ここには、気候変動交渉との重心の違いも感じます。
もちろんCBDでも「ambition(野心度)」は重要です。しかし、2030年まで残された時間を考えれば、目標をさらに引き上げることだけでは生物多様性は回復しません。すでに世界が合意した23のターゲットを、各国・地域・現場で実行できる条件をどう整えるのか。 SBI7では、GBFが「目標をつくるフェーズ」から「実施を成立させるフェーズ」へ移っていることが、より鮮明になったように感じました。
2.「生物多様性のために資金を出す先進国とは誰か」という問い
その「実施手段」の中でも、最も政治的に難しいのが資金です。今回、特に注目したのが、資金を「いくら増やすか」だけではなく、そもそも国際的な生物多様性資金を提供すべき国とは誰なのかという問いが、終盤、前面に出てきたことです。
現在のCBDの資金メカニズムは、条約が採択された1990年代の先進国・途上国という区分を基礎としています。しかし、それから30年以上が経過し、世界経済の構造は大きく変わりました。この変化を踏まえ、現在途上国として位置づけられている国の中からも、自発的に資金提供国となる国を増やしていくのか。さらに、その位置づけをどのような基準と手続で見直すのか。SBI7では複数の選択肢が議論されました。これは非常に大きな問いです。COP17でどのような決着を迎えるのか、現時点では全く見通せません。
そして、この問いはCBDだけで完結するものでもないでしょう。1990年代につくられた「先進国/途上国」という国際協力の構図を、現在の世界経済の中でどう考えるのかという問題は、SDGsや気候変動枠組条約をはじめ、他の国際的な資金・協力の枠組みにも関わり得ます。
生物多様性資金の議論から、21世紀の国際協力を誰が支えるのかという、はるかに大きな問いが見え始めているように感じました。
3.交渉会場だけでは見えないもの――サイドイベントが映し出す各国の「現実」
そして、今回改めて感じたのが、サイドイベントの重要性です。
CBDの会議を追っていると、どうしてもプレナリーやコンタクトグループでの政府発言、そして最終的に採択される文書に目が向きます。しかしSBI7では、政府関係者が登壇するサイドイベントも数多く開催されました。興味深いのは、そこで聞かれる政府関係者の発言が、必ずしも交渉会場での発言と同じではないことです。
例えば、生物多様性クレジットについても、交渉では制度の位置づけやリスクをめぐって慎重な議論が行われる一方、サイドイベントではブラジルをはじめ各国の担当者から、実際の政策経験を踏まえ、可能性とリスクの双方を冷静に捉えようとする発言を聞くことができました。
これは「二枚舌」と批判すべきものではないと思います。
交渉の場では、政府代表は国として守るべき原則や交渉ポジションを背負っています。一方、サイドイベントでは、「実際に国内で何が起きているのか」「何に困っているのか」「どんな試行錯誤をしているのか」「どこに可能性を感じているのか」といった、交渉ポジションだけでは表現しきれない各国の現実や本音が見えてきます。そして、そのような場をつくっているのが、CBDでは「オブザーバー(見守る人)」と呼ばれるNGO、国際機関、研究機関、自治体ネットワークなどです。
オブザーバーは決定文書への投票権を持ちません。しかし、異なる国や主体を一つの場に集め、政策の実践例を共有し、公式交渉では語りにくい問いを投げかけ、新しいアイデアを試す。その積み重ねが、やがて交渉や各国の実施にも影響していきます。勧告案の解説記事で強調するのも変ですが、国際会議の成果は、採択された決定文書だけでは測れないということも大事な点です。
SBI7に参加していると、交渉会場とサイドイベントの双方を見ることで初めて、各国の立場と現実、そしてGBF実施に向けた新しい動きの全体像が見えてくることを改めて感じました。COP17でも、何が「決まるか」を追うことはもちろん重要です。同時に、決定されたGBFを誰が、どのような方法で実施しようとしているのか。そして、そのための新しい協力やアイデアがどこから生まれているのか。 そこまで含めて見ていくことが、2030年に向けた生物多様性の国際動向を理解するうえで重要になると思います。
国際自然保護連合日本委員会
会長 道家哲平






















