2026年8月4日から12日まで、ケニア・ナイロビの国連ナイロビ事務局において、生物多様性条約第7回実施補助機関会合(SBI7)が開催されます。
SBIは、生物多様性条約(CBD)や昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)を、各国が実際にどのように実施するかを検討する補助機関です。科学的・技術的な論点を扱う科学技術助言補助機関(SBSTTA)に対し、SBIでは、計画、モニタリング、資金、能力構築、自治体や企業を含む多様な主体の参加など、実施を支える制度や手段が中心的に議論されます。
今回のSBI7では、2026年10月にアルメニア・エレバンで開催される生物多様性条約第17回締約国会議(COP17)に向け、各議題について勧告案を取りまとめる予定です。SBI7の正式議題には、SBSTTA28から引き継ぐ形で「GBFの世界的な進捗評価(グローバルレビュー)」、資源動員、遺伝資源のデジタル配列情報、自治体の参加、能力構築、生物多様性の主流化、コミュニケーション・教育・普及啓発などが含まれています。また、条約内連携(カルタヘナ議定書や名古屋議定書)、事務局運営改善など、多岐にわたる議題が用意されています。
SBI7の議題
- 開会
- 組織事項:議題の採択および作業の進め方
- 計画・モニタリング・報告・レビュー
― 昆明・モントリオール生物多様性枠組の実施に関する世界全体の進捗レビュー - 資源動員および資金メカニズム
(a) 資源動員
(b) 資金メカニズム - 遺伝資源のデジタル配列情報(DSI)
- カルタヘナ議定書の有効性に関する第5次評価・レビュー、および実施計画・能力構築行動計画の中間評価
- 名古屋議定書の有効性に関する第2次評価・レビュー
- 合成生物学
― 能力構築、技術移転、知識共有を支援するテーマ別行動計画 - 昆明・モントリオール生物多様性枠組の実施を強化するための地方政府、都市、その他の自治体との連携
- 能力構築・能力開発、および技術・科学協力
- クリアリングハウスメカニズムおよび知識管理
- セクター内およびセクター横断的な生物多様性の主流化
- コミュニケーション、教育、普及啓発(CEPA)
- 行政および予算事項
- その他の事項
- 会合報告書の採択
- 閉会
GBFの進捗をどのように評価し、実施を加速させるか
最初の主要議題は、「計画・モニタリング・報告・レビュー(PMRR)」と、GBFの実施に関する世界全体の進捗評価です。
COP15では、各国の生物多様性国家戦略及び行動計画(NBSAP)、国別報告、指標、世界全体のレビューの一連の流れを採択されました。SBI7では、各国から提出された第7次国別報告や、SBSTTA28で検討された世界進捗報告を踏まえ、COP17でどのように世界全体の進捗を評価するかについて勧告をまとめます。
重要なのは、進捗の遅れを確認するだけでなく、その結果を各国の政策、NBSAP、資金配分、能力構築などにどのように反映させるかです。GBFのレビューが単なる報告作業に終わるのか、それとも実施を加速させる政治的意志の発信や、制度的な仕組みにまで踏み込むのかが注目されます
最大の政治課題となる資源動員
SBI7で最も注目される議題の一つが、資源動員と資金メカニズムです。
COP16では、2030年までの資源動員戦略が採択されるとともに、CBD第21条に基づく恒久的な資金メカニズムの構築に向けたロードマップが合意されました。SBI7では、その最初の段階として、資金メカニズムを運用する制度構造が満たすべき基準、世界の生物多様性資金が十分な成果を上げられない要因、拠出国や資金源の拡大などが議論されます。
具体的には、以下の論点が焦点となります。
- 生物多様性資金が新規かつ追加的で、十分かつ予測可能なものとなっているか
- 途上国が資金へ迅速かつ簡素にアクセスできるか
- 現在の地球環境ファシリティ(GEF)やGBF基金(GBFF)を、将来の恒久的な資金メカニズムの中でどのように位置づけるか
- 先進国の公的資金に加え、民間、財団、地方政府、新興国など、拠出者基盤をどのように拡大するか
- 資金の額だけでなく、実際の生物多様性保全成果や社会的公正をどのように評価するか
あわせて、債務自然転換(Nature-Debt Swap)、生態系サービスへの支払い、グリーンボンド、ブレンデッド・ファイナンス、生物多様性クレジットなどの革新的資金手法も取り上げられます。ただし、特定の金融商品を直ちに国際的な正式制度として承認するよりも、各国の制度整備、案件形成能力、セーフガード、資金追跡、金融タクソノミーなど、革新的資金を適切に機能させるための条件整備が中心となる見込みです。
また、GEFの第9次増資やGBFFの運用状況も確認されます。SBIは、GEF理事会の報告を検討し、COP17に向けて資金メカニズムに関する勧告をまとめます。
デジタル配列情報とカリ基金
議題5では、遺伝資源のデジタル配列情報(DSI)の利用から生じる利益を公正かつ衡平に配分するための多国間メカニズムと、カリ基金が議論されます。
COP16では、DSIを利用する企業などから資金を集め、途上国や先住民・地域社会に配分するカリ基金の運用方法が合意されました。SBI7では、製品やサービスを対象とする追加的な拠出方法、DSIを透明かつ説明可能な形で公開・利用するためのデータベースやツール、多国間メカニズムと基金の有効性評価方法などを検討します。
カリ基金が実際に十分な民間資金を集められるか、拠出の公平性や透明性を確保できるかは、CBDにおける革新的資金メカニズムの今後を占う重要な試金石になります。
自治体をGBF実施の正式な担い手として位置づけられるか
SBI7では、都道府県や州、市町村などの地方政府・自治体の役割が独立した議題として取り上げられます。
生物多様性の保全や回復、都市計画、土地利用、保護地域、自然に基づく解決策、環境教育など、多くの施策は自治体の権限や業務と直接関係しています。一方、自治体の取組は、国別報告や国の生物多様性政策に十分反映されていない場合があります。
SBI7では、自治体や都市がGBF実施に果たす役割についてのレビューを踏まえ、COP17に向けた勧告を検討します。
注目点は、自治体の参加を単なる「関係者の協力」にとどめず、
- 国と自治体の政策調整
- 地方生物多様性戦略
- 自治体による進捗報告
- 自治体向けの資金・能力構築
- CitiesWithNatureやRegionsWithNatureなどの自主的な報告プラットフォーム
を、GBFの実施・レビュー制度にどこまで組み込めるかです。
日本においても、地域生物多様性戦略、自然共生サイト、30by30、都市の緑地・水辺、Eco-DRRなど、自治体が担う政策分野は広がっています。SBI7の結論は、国と自治体の役割分担を今後考えるうえでも重要になります。
能力構築と技術・科学協力
資金が確保されても、それを利用して政策や事業を設計・実施する能力がなければ、GBFは達成できません。
SBI7では、能力構築に関する長期戦略と、地域・準地域の支援センターから構成される技術・科学協力メカニズムの進捗を評価します。各国のニーズと支援をどのように結びつけるか、COP16で承認された世界各地の地域支援センター(IUCNのアジアオフィスはじめ複数の地域事務所がこのセンターに認定されている)が実際に機能しているか、国別報告やGBFの進捗評価と能力構築をどのように連動させるかが論点です。
資金、技術、データ、人材の不足は相互に関連しています。短期的な研修の実施だけではなく、各国の行政機関、研究機関、地域社会などに能力を定着させる、中長期的な支援へ移行できるかが問われます。
生物多様性を社会・経済政策に組み込む「主流化」
議題12では、農業、林業、水産業、金融、インフラ、都市計画など、社会・経済の各分野に生物多様性を組み込む「主流化」が議論されます。
COP16以降、主流化の議論は、理念の確認から具体的な実施手段へと移りつつあります。SBI7では、各国や国際機関から提出された優良事例、ツール、ガイダンス、移行計画などを整理し、今後の取組について勧告します。
特に重要なのは、環境省だけでなく、財務、経済、農業、国土・都市政策を所管する行政機関を巻き込む「政府全体(Whole Government)」のアプローチです。また、企業、金融機関、自治体、NGO、先住民・地域社会、女性、ユースなどを含む「社会全体」の参加も求められます。
主流化を実効性あるものとするには、単に生物多様性への配慮を呼びかけるだけでなく、予算、規制、調達、情報開示、投融資、事業計画など、実際の意思決定の仕組みに生物多様性を組み込む必要があります。
教育とコミュニケーションをGBF実施の基盤に
議題13では、コミュニケーション・教育・普及啓発(CEPA)が扱われます。
COP16の決定をもとに、今回は特に、学校教育だけでなく、社会教育、非公式教育、博物館、動物園、NGO、企業、地域活動などを含む「生物多様性教育のための世界行動計画案」が議論されます。計画案は、ユネスコ、IPBES、先住民・地域社会、女性、ユースなどとの協力により作成されました。
GBFの実施には、専門家や行政担当者だけでなく、市民、消費者、企業、若者が、生物多様性と自らの暮らしや経済活動との関係を理解し、行動できることが必要です。CEPAを広報活動として狭く捉えるのではなく、社会変革や人材育成を支える実施手段として位置づけられるかが重要です。
SBI7を通じて注目すべきこと
今回のSBI7では、個々の議題が独立しているように見えて、実際には相互に深く結びついています。
世界全体の進捗評価で明らかになった実施上の遅れを、資金、能力構築、自治体参加、主流化、教育などの具体的な措置につなげる必要があります。また、資金を増やすだけでなく、その資金が現場に届き、長期的な生物多様性成果を生み、先住民・地域社会、女性、若者などの権利と参加を確保する仕組みが求められます。
SBI7は、GBFの採択後に掲げられてきた「社会全体による実施」を、制度としてどこまで具体化するよう、COP17の勧告案をまとめられるか、論点を絞り切れるかが重要となります。
会議期間中、特に以下の論点に注目して議論を報告します。
- GBFの世界進捗評価と実施加速策
- CBDの恒久的な資金メカニズムとGBF基金の将来
- 革新的資金と民間資金を支える制度・セーフガード
- 自治体の取組を国・世界の実施評価につなげる仕組み
- 企業・金融・行政分野における生物多様性の主流化
- 教育、コミュニケーション、市民参加を通じた社会全体の行動
SBI7でまとめられる勧告は、2026年10月アルメニア・エレバンで開催予定のCOP17に提出されます。GBFを目標の採択から具体的な実施へと移すために、各国がどのような制度と手段に合意するのかが注目されます。
国際自然保護連合日本委員会
会長 道家哲平























