サイドイベント「Climate and biodiversity: affirming precaution on geoengineering and other dangerous distractions」に参加しました。このサイドイベントは、ETC という新技術の環境や人権への悪影響をモニタリングする非営利セクターが主催しています。そこでは、生物多様性や人権を脅かす可能性のある地球工学技術に対する懸念が話し合われていました。

この記事では、気候変動対策のための地球工学技術ついて、それが生物多様性を脅かす可能性、そして生物多様性条約での取り扱いついて述べていきたいと思います。

気候変動対策のための地球工学技術とは

気候変動対策のための地球工学技術は、大きく分けると二つあるようです[1]。

一つ目は、気候変動の大きな要因であるCO2などの温室効果ガス(GHG)の除去・貯留技術です。

  • 炭素回収・貯留を伴うバイオエネルギー(BECCS)
  • 直接的な空気回収とCO2利用
  • 海洋肥沃化 etc…

二つ目は、気候変動の要因への対策ではなく、GHG排出による影響(つまり太陽放射)を削減する技術です。

  • 成層圏エアロゾル注入
  • 海洋上の雲の白色化 etc…

生成AIにて生成したそれぞれの気候工学イメージ

地球工学技術の問題

サイドイベントでは、以下の問題が列挙されていました。

  • メガスケール/越境
  • 実験段階の技術がない(つまり技術がまだ未熟)
  • 高リスクで信頼性が低い
  • 不均等な影響
  • 削減対策をしない「完璧な口実」
  • 一方的/力の不均衡を悪化させる
  • 世代間の不公正
  • 兵器化リスク

気候変動の影響として、すでに様々な生物で形態学的・生理学的な適応的進化の兆候が見られています。例えば、オーストラリアに生息するスズメ目の82種への気温上昇の影響を調査した研究では、気温上昇による体サイズの縮小が見られたよう[2]。

しかし、これらの気候変動に対して生物がとる適応は、その種が長期間かけて進化してきた特徴を改変するため、結果的にその生物の生存や繁栄のチャンスを減少させる、もしくは他の脅威を増大させることが報告されています[3]。

長い時間かけて進化してきた自然環境は、これらの気候工学技術による大規模で急激な環境の変化に、果たしてついていけるのだろうか。

また、すでに実施されたこれらの技術をなんらかの理由で急に停止せざるを得なくなった場合、環境変化に対応するための物理的な移動速度(Temperature velocities)の増加は、気候変動そのものによる影響よりも深刻なものとなるが可能性があるという研究もでています[4]。そのため、実施しながら生物多様性への影響も評価していく、というような強行突破のための言い訳は効かないように思います。

生物多様性条約での取り扱い

2010年に開催されたCBD COP10では、これらの技術の科学的知見の不足を理由に、気候工学技術の使用に関するモラトリアム(一時停止)が呼びかけられています。

このサイドイベントやSBSTTA25におけるNGOの発言では、このような気候工学技術を使わない形での、再エネ普及による脱炭素化の重要性を示すとともに、この再エネ普及の過程で起こる生物多様性への影響を最小限にする必要があると訴えかけていました。

再エネ普及といっても、山岳地帯の多い日本では、FIT制度(エネルギーの固定価格買い取り制度)の限界や太陽光発電導入による災害への自治体の規制強化などの要因も相まって、大規模な太陽光発電所は今後期待できない状態です。そのため、最新の第6次エネルギー計画 では洋上風力、とくに浮体式洋上風力への期待が伺えます。この「エネルギー基本計画」は日本のエネルギー政策の方向性を決めるため3年に一度更新されるものです。

ここで考慮しなければいけないのが、洋上風力設置による生物多様性への影響です。

さらに、サイドイベントでは人権を脅かす可能性についても指摘されていました。気候工学技術の実験が行われるフィールドは、人々が少ない土地や海洋で行われるため、その地域に住むあるいは行き来するIPLCsへの影響が問題視されていました。どこで、どのような気候工学技術の開発や実施がされているかが確認できるHPがあります。サイドイベントでも、このHPの紹介がありました

https://map.geoengineeringmonitor.org/

また、これらの場所での気候工学技術の違法な実験も報告されており、このような動きへの非難がありました。例えば、カナダ太平洋岸にある群島ハイダ・グワイ(Haida Gwaii、旧名:クイーンシャーロット諸島)の西岸沖での海洋肥沃化の実験。https://www.afpbb.com/articles/-/2908454

最後に

何か一つの課題を解決しようと、さまざまな技術が開発され、社会に導入されようとしています。その中には、そのある一つの課題の解決に貢献することもあるかと思います。しかし、新たな問題を生むこともあります。包括的に、多角的に多くの課題に取り組む必要があるため、多様なステークホルダーや専門家の協働が必須だと感じます。

多くの人の知性を集めると、より優れた知性が登場する「集合知」という考え方が、まさに重要だと思いますし、これが発揮されるのは、これらの人々が「多様」であり「分散」しており、それぞれが「独立」している必要があります。多様な人々と、協力しながら、課題を解決していきたいなと思います。

引用

  • [1] B. K. Sovacool, “Reckless or righteous? Reviewing the sociotechnical benefits and risks of climate change geoengineering,” Energy Strateg. Rev., vol. 35, no. April, p. 100656, 2021, doi: 10.1016/j.esr.2021.100656.
  • [2] J. L. Gardner et al., “Australian songbird body size tracks climate variation: 82 species over 50 years,” Proc. R. Soc. B Biol. Sci., vol. 286, no. 1916, 2019, doi: 10.1098/rspb.2019.2258.
  • [3] C. Remacha, C. Rodríguez, J. De La Puente, and J. Pérez-Tris, “Climate change and maladaptive wing shortening in a long-distance migratory bird,” Auk, vol. 137, no. 3, pp. 1–15, 2020, doi: 10.1093/auk/ukaa012.
  • [4] C. H. Trisos, G. Amatulli, J. Gurevitch, A. Robock, L. Xia, and B. Zambri, “Potentially dangerous consequences for biodiversity of solar geoengineering implementation and termination,” Nat. Ecol. Evol., vol. 2, no. 3, pp. 475–482, 2018, doi: 10.1038/s41559-017-0431-0.

安家叶子