生物多様性条約:10のギモンを解説

  • ギモン01

    2005~2006年頃は『京都議定書、チームマイナス6%、不都合な真実(監督:アル・ゴア)・・・』など、『温室効果ガス(CO2)』をどう減らすか?が環境問題の主流だった印象ですが、「生物多様性」という言葉が注目されるようになったきっかけはなんですか?

    日本で注目が高まったのは、2007年に日本政府が正式に「生物多様性条約第10回締約国会議(CBD-COP10・2010年10月開催)」の議長国に手を上げ、2008年に第9回会合で正式に議長国になったころからだと思います。
    当然、それ以前から言葉はあり、2002年に環境省中心に策定された「新・生物多様性国家戦略」は自然保護に関わる人に注目された計画でした。

    生物多様性の人気度(グーグルトレンドより)

    Biodiversityは洗濯洗剤?

    世界でも同じようなもので、2008年にイギリスで行われた調査では「Biodiversity」という言葉を聞いて何を連想するかという問いの答えは「新しい洗濯洗剤」だったそうです。
    しかし、生物多様性条約COP10で愛知目標の中に、生物多様性の価値や保全活動の普及啓発という目標が立てられて以降、各国の取組も進みました。定点調査を行っているNGOのUEBTの報告では、英国の認知度も2022年には87%に至っているそうです。

    自然資源が豊かだと、災害の被害が小さくなる?!

    世界で広まったきっかけは、いくつかの自然災害と事故があります。
    アメリカで海洋大気庁がまとめたもっとも被害を出したハリケーンの1位カトリーナは、2005年の夏に発生しました。
    アジアでは2004年12月のインド洋大地震と津波があったのですが、両災害とも、マングローブなど自然豊かな所で被害が比較的低く、自然を失ったところでは防災設備の想定を超えた事象に逆に被害が広まりました。

    金融界が見落としていた、企業の「生物多様性関連リスク」

    金融界が生物多様性を強く意識し出したきっかけの一つとして、BP社によるメキシコ湾岸に広がった原油流出事故(2010年)が挙げられます。流出量も湾岸戦争時の流出事故量を超えるものでしたが、事故による自然破壊の影響が、企業イメージ低下に加え、様々な賠償問題に広がりました。また、破壊してしまった自然の再生にかかる費用は当然算出できるわけもなく、保険対象としても取り扱われません。

    株価半減という事態に直面し、「エネルギー産業の優良企業」として【投資対象とみていた企業】も【自然に対する非常に大きなリスク】を抱えており、金融界の日常業務では事前に【そのリスク評価】ができていなかった--。このリスクも、リスク計算に入れていかなければまずいのではないか、と気づいた瞬間と言われています。

  • ギモン02

    IUCN-Jが『温室効果ガス(CO2)』ではなく、「生物多様性」に注目し、推し進める理由はなんですか?

    生物多様性は、温暖化対策の切り札だからです。

    産業革命以降、石油・石炭から作られる製品やエネルギーは私たちの社会を便利にもしましたが、現在、「気候変動」2023年には「地球沸騰化(Boiling)」とまで表現される問題を引き起こしています。
    温暖化対策には、

    1. CO2の排出を減らす
    2. CO2の自然の吸収力を高める
    3. 既に起こりつつある気候変動に備える
    の3つの視点が大事です。
    そしてこの3つのいずれも、生物多様性の保全再生が対策の切り札になります。

    近年分かってきた自然の役割

    古くは1960年からIUCNの会議では気候変動が問題視されていました。最近では、自然を守ることが、CO2の大気への排出を減らすことと、CO2の自然の吸収力を高めることにつながることが、科学的に明らかになっています。

    2021年発効のIPCCレポートでは、2011-2020年の期間は、CO2換算で年間50ギガトンのCO2排出だったそうです。そのうち、石炭・石油などの化石燃料由来のエネルギー生産に由来する排出は約35ギガトン、残り15ギガトンは、森林破壊とそれによる土壌からのCO2排出になります。そして排出だけでなく、森林再生や土壌の再生に伴うCO2の吸収固定は32ギガトンになるという推計値が出ています。

    つまり、CO2の年間収支で見れば、年間18ギガトンのマイナス。
    化石燃料由来を減らすことはもちろんですが、18ギガトン(=支出の約3割=収入の約6割)を、森林破壊等から自然を守り、あるいは自然再生を取り組むことで、課題解決に大きく寄与できます。

    3.既に起こりつつある気候変動に備える の視点では、自然災害の影響(津波、地滑り、洪水)等を、自然を都市・街づくりに上手く組み込むことで、リスクを軽減できることも分かってきました。
    気候変動ではないですが、インド洋の大津波や東日本大震災では、マングローブや防潮林によって、津波のエネルギーを1~2割も減らしたことが分かりました。
    単一植林の森より、高木や低木・草地や落ち葉の土壌が作られる自然林では、土砂崩れの防止、降雨をゆるやかに河川に流す(河川の洪水を防ぐ)機能が高いことも明らかになっています。

    IUCNでは、自然を守り、回復させながら、同時に、気候変動などの社会課題解決も狙う手法を「自然に根差した解決策(Nature-based Solutions:NbS)」と名付け、気候変動枠組み条約の会議で提唱し、条約加盟国や国連・国際機関の賛同を得てきました。
    日本で、このようなNbSの手法を推進することもIUCN-Jの大事な役割の一つです。

  • ギモン03

    CBD-COPはいつ、誰が初めた取り組みで、COP10はなぜそんなに注目されたのですか?

    生物多様性条約は1992年地球サミットで署名が開始されました。条約を管轄する国連環境計画(UNEP)は条約発効に向けて、条約23条の定める「締約国会議COP」を、どの国で、どのように開催するか、どのような会議のルールを定めるかなどの準備が進められました。

    最初の締約国会議の開催国に名乗り出たのは、カリブ諸島の国であるバハマ。
    会議ルール作りなどの実務面は、当時の国連環境計画事務局長のエリザベス・ダズウェルと、後にダズウェル事務局長の後を継ぐ、クラウス・テプファー氏がリーダーとなり、進みました。

    様々な関係者の協力の元、1994年11月28日から12月9日にかけてバハマのナッソー市で開催されたCOP1は90か国程度の締約国の参加の中、会議のルール、事務局、次の会議の開き方など検討され、条約の無事の船出を迎えることとなりました。

    日本で2010年10月愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約締約国会議は「第10回目」の会議でした。10回という節目というだけでなく、COP10は、遺伝資源から得られる利益の公正な配分に関する法的拘束力のあるルール作り(名古屋議定書)や、保護地域をどこまで増やすべきかという目標設定、いわゆる愛知目標を、先進国と途上国の間で合意に導く会議であったため、大変注目されました。

    それ以外にも、生物多様性版IPCCといわれるIPBES設立を促す決定、先進国と途上国間の長年の懸念の「資金増加の戦略」なども注目された決定です。生物多様性の取組を、国連・国際社会全体の課題として取り組むために愛知目標達成のための10年間(2011-220)を「国連生物多様性の10年」にする提案を国連総会に求める決定も行われました。

    国連生物多様性の10年2011-2020というアイディアは、IUCN-JがCOP10の1年前に開催したシンポジウムで生まれ、生物多様性条約市民ネットワークから日本政府へ、日本政府から生物多様性条約加盟国へと提案が広がり実現に至ったものです。10年の未来について数多くのことを交渉し、合意しなければならない会議として、非常に注目された理由です。

  • ギモン04

    貧困やジェンダーの問題も「生物多様性条約」で取り上げるのはなぜですか?

    生物多様性の損失が文化・経済に直結する貧困地域。
    それは、生物多様性が豊かとも言える証

    生物多様性が失われ、生き物が減少する(特定の生きものだけが局所的に増える)、自然災害の減災力が減る(マングローブ林がなくなって洪水の被害がすぐ農村に届く)、農地に過剰に農薬や肥料が用いられ、花粉を届けた昆虫が減り、土壌の豊かさが落ちて生産性が下がる。
    これらの直接的被害を受けるのが自然に生計の多くをゆだねている【経済的には】所得が少ない層であると、国連環境計画や生物多様性条約の報告書では指摘しています。

    ジェンダーも同様で、例えば、日々の自然との触れ合いが多いのは女性であるにもかかわらず、自然災害で被災された方への支援が男性にまず届くといった制度上の仕組みがあるなど、不公正は世界各地で残っています。

    また【経済的には】貧困層かもしれませんが、自然からの恵みで暮らしが成り立ち、だからこそ【自然の守り手】として自然を賢く使う知恵を身に着けた女性・地域社会というのも確かに存在します。
    被害者という視点だけでなく、【最も自然を知る人】も意思決定に参画できることが、政策形成における多様な視点・アイディアを可能にし、より良い政策へとつながるとの信念から、GBFの行動目標22や23でも、貧困やジェンダーなど社会的弱者の参画と参画を得た実施を行動目標に掲げています。

  • ギモン05

    最近話題のSDGsとCBD-COPの目標は何が違うのですか?

    持続可能な開発目標(SDGs)に、そのまま組み込まれた生物多様性「愛知目標」

    SDGs は、「人類の持続可能性」を確保するための目標が必要とのことで、2012年から目標づくりが始まりました。

    その目標づくり(国際交渉)の過程で、【自然】関連は生物多様性条約COPという舞台で、米国はオブザーバーという立ち位置ではあるものの国連加盟国のほぼすべてをカバーする195か国の参加で、愛知目標が2010年に既に作られていたことが認識されていました。

    ですので、CBD-COP10の成果が、ほぼそのままSDGsに組みこまれたと解釈するのが正しいです。

    例えば、生物多様性条約のように世界目標を議論するような包括的な条約がない国際議題、例えば持続可能な都市、障碍者の包摂などはSDGsの交渉でしか、世界目標を決める場がありません。その逆パターンで、気候変動に関するSDGsの目標は、「同じとに気候変動枠組み条約で決めたものを採用する」と書かれていました。

    生物多様性条約も、自然という視点から世界の持続可能性に寄与するための条約ですので、自然を守りながら、飢餓や貧困の撲滅・健康増進への寄与などを意識したGBFの行動目標を作ったりしています。

  • ギモン06

    2010年のCBD-COP10の時から、状況はどうかわっているのですか?

    愛知目標達成のために数多くの施策・取組が生まれてきました。日本においても、IUCN-Jが「にじゅうまるプロジェクト」を通じて愛知目標達成に向けた取り組みを呼びかけたところ、発足時34の宣言事業が、2020年には1085の宣言事業数になりました。

    愛知目標の達成度は1割!?

    2020年9月15日愛知目標の最終評価を記した「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5:Global Biodiversity Outlook5)」が発表されました。

    20の目標が内包する要素をすべて達成まで満たした目標は20個中ゼロ。達成の要素を含む目標は6目標(外来種侵入ルート把握、保護地域の拡充、遺伝資源利用の利益配分の仕組み構築、国家戦略の策定、科学技術の推進、資源の倍増)です。愛知目標20目標を分解すると60要素ありますが、要素が達成された判断できるのは7要素(外来侵入種経路優先度、陸の保護地域面積、海の保護地域面積、名古屋議定書発効、国家戦略策定、科学技術増大、国際資源フローの倍増)となり全体の12%、約1割です。

    愛知目標の最終評価文書、地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)の発表

    IUCNレッドリストを見てみると、2010年18,351種だった絶滅危惧種数は、2022年12月の評価では、42,108種と倍以上となりました。評価種数が増えたことも一因とも言えますが、絶滅の危機が低リスクとして評価されていたトナカイ・コアラ・キリンという誰でも想像つく生き物たちが、2016年の評価では絶滅危惧種と判定されています。

    おなじ報告書では愛知目標に掲げる「2050年人と自然の共生する社会」の実現はまだ可能であると指摘していますが、そのためには、抜本的な社会変革が必要であるとして、過去10年以上に強い取り組みを必要と指摘しています。

  • ギモン07

    生物多様性条約で決まったことに罰則規定などはありますか?

    ありません。罰則よりも協力を!

    そもそも、国際社会が特定の国に対して罰を与えるという仕組みは、めったにありません。互いの国の独立と主権を尊重し、連帯して、生物多様性の課題に取り組むということが生物多様性条約の基本的立場となっています。一応、条約の解釈や適用にあたって締約国間に紛争が生じた場合の紛争解決や調停を定めた条文はありますが、一度も活用されたことがありません。

    地球を乗り物に例えるなら、気候変動枠組み条約が、気候危機を加速するドライバー(=CO2排出国)に対してブレーキをかけましょうという強いメッセージがでますが、気候危機がもたらす自然の危機に対して、豊かな生態系によって安定・安全を保ちましょう(いざという時のシートベルトをしましょう)という取り組みは、罰で行動を促すのではなく、全乗組員がとるべき行動とも例えられます。

  • ギモン08

    節電や、クールビズなどに比べると、一般の人が「生物多様性」に対して何をすればよいのかよくわかりません。どんな取り組みをすればよいのでしょうか?

    個人ができる5つのアクション

    環境省が総合事務局をつとめる国連生物多様性の10年日本委員会UNDB-J)では、一般の人が「生物多様性」に対してできることとして「My行動宣言 5つのアクション」とまとめています。

    UNDB-Jの委員としても活動してきたIUCN-Jでは、加盟団体の一つ「日本動物園水族館協会」と協力して、小学生向けを想定した子供向け版を作成しています。

    しかし、自然の危機的状況を鑑みると「社会を変える」という取り組みがこれまで以上に大事になってきました。UNDB-Jの後継組織である2030生物多様性枠組実現日本会議(J-GBF)では、個人が所属する企業や団体が組織全体として自然の回復の道筋にのせる「ネイチャーポジティブ」を目指すことを宣言していただくことが大事と考え、現在、ネイチャーポジティブを目指す宣言を行っていただきたいと呼びかけています。

  • ギモン09

    2020年までの目標は達成していないと聞きました。
    達成していないのに、2030年までの目標を変更したのはなぜですか?

    取組をスケールアップさせる必要があるためです。

    愛知目標の後継である昆明モントリオール生物多様性世界枠組み(交渉時の名称は、ポスト2020枠組み)の協議でも、最初に同じ質問が出ました。締約国の一致した意見は、この10年間の生物多様性の損失分も含めて、もっと大きな取組が必要である、というものでした。

    現在の危機感を、自然にあまり関心のない人にもわかってもらえるように、より具体的な目標値も入れた意欲的な目標を打ち立てようという意見も出ました。同時に、意欲的な目標には、意欲的な(自然が残りつつも、開発への欲求が高い)途上国支援策も必要であるとの意見もあり、国際協力の在り方も含めた目標から、目標だけでない支援策も含めた“枠組み”という言い方で、4年間協議が進められました。

    昆明・モントリオール ターゲットについて

  • ギモン10

    いろんな用語があり、関係性がよくわかりません。用語解説と関係性について解説してください。

    前人未踏の山登りで例えてみます。

    前人未踏の登山をする際には、いつまでにどこを最終目的地とするかを決めます。(前人未踏ではないですが)富士山の頂上で日の出(早朝)を拝みたい、とかですね。

    前人未踏の登山の最終目的地は、「2050年人と自然の共生する世界を見てみたい」です。これを、2050年ビジョンといいます。Visionとは、未来像とか夢という意味がある英単語です。

    最終目的地を決めた後、それに合わせた行程表を決めます。前日夕方までに、休息をとるあの地点まで到達しておきたい、とかです。これは、「2030年までに、人と地球のために、生物多様性の損失を止め、回復の道筋に乗せる」、いわゆる、2030ネイチャーポジティブが“地点”にあたります(ネイチャーポジティブは日本語では「自然再興」と訳されます)。

    次に山小屋までの道のりをもう少し具体的に想像して準備します。山小屋の手前まではもう少し視界も良好で、複数の道のりがありそうです。沢伝いのルート開拓、岸壁のクライミングによるルート開拓、もちろん王道とも呼べる山道の開設もあり、これらを体力や自分の今いる位置から組み合わせて考えます。山登りの共通の知識と道具、食料の準備も必要ですし、クライミングルートならそれ相応の道具が必要です。

    ネイチャーポジティブに至るには、13のルートと、10の知識・道具・食料、いわゆる23の行動目標があるとしています。行動目標の中には、少なくともどれだけ進む必要があるかという目安(=数値目標)も設定されています。

    一番有名な目安であり、王道ともいわれる目標が、生物多様性の5大損失要因の中でも最も影響の大きい「土地利用」です(自然林を伐採して、農地にしてしまうとか)。「2030年までに陸域と海域のそれぞれ少なくとも30%を保護・保全する」という30by30は、環境省も力を注いでいる施策で、登山道の整備に例えれる王道のルート開拓の一つです。

    さて、これまでは王道とも呼べる保護地域(登山道)の整備は国が国立公園を定めるなど中心的役割を担ってきました。しかし、これから高い目標を目指すにあたり、企業や自治体・NGOが守る保護に寄与している場を補完・補強する取組も重要であるとされています。それが、自然共生サイトとかOECM(その他の地域をベースとした保全手法)と呼ばれる手法です。

    自然に根差した解決策(NbS:Nature-based Solutions)も、ルート開拓の一つです。自然を取り崩してきたような産業(農林水産業)、自然を活かせばもっと良くなる産業(健康・防災力の向上)などの関係者のかたも一緒に登れるようなルートは、誰一人取り残さない人と自然の共生する社会に必要不可欠です。

    このような一連の登山計画をまとめたものが「昆明モントリオール生物多様性世界枠組み」になりますし、日本という立ち位置からの登山計画が「生物多様性国家戦略2023-2030」となります。

    さて、計画があっても、前人未踏の山を一人で登ることは不可能です。先頭を行く人、それを支援する人、登るための道具を揃え整備する人が協力しあうチームが必要です。そのチームにあたるのが「2030生物多様性枠組実現日本会議(J-GBF)」になります。

    IUCN-Jは、世界枠組みの理解から日本版への翻訳、ルート開拓の先陣を切るIUCNメンバー団体と協力しつつ、支援者や道具を整備する人の呼びかけを行うなど、この登山チームの中心的役割を担わなければならない、そういう役割と言えます。