
IUCN世界自然保護会議では、Nature-based Solutions(NbS:自然に根ざした解決策)の世界標準(Global Standard)の更新が正式に発表されました。
2016年に初版が策定されて以来、NbSは世界100か国以上で活用され、政策や事業、企業戦略の共通言語となってきました。今回の改訂は、NbSをより明確に、より実用的にするための大きなステップであり、「質」と「信頼性」を重視した進化が見られました。
NbSの進化と広がり
IUCN事務局次長のグレーテル・アギラー氏は、世界各地で進むNbSの多様な展開に触れました。マングローブ保全、持続可能な農業、地域の生計支援など、自然と人の暮らしをつなぐ取り組みが次々と生まれていると述べ、次のように強調しました。
「政府、企業、NGOが、NbSが何を約束し、何を達成するのかをより明確に理解できるようになることが重要です。気候変動と暮らしをより良い方向に導くために、NbSはその中心にあります。」
アギラー氏はまた、UNCCD(砂漠化対処条約)・UNFCCC(気候変動枠組条約)・UNCBD(生物多様性条約)といった国際条約の間で、NbSが「共通言語」として機能しうると述べました。
「たこつぼ化(サイロ化)した議論を越えて、政策と行動をつなぐツールになってほしい」とし、パリ協定・GBF・土地劣化ゼロ目標などを横断的に実装できる枠組みとしての意義を示しました。
今回の改訂では、単なる更新にとどまらず、「NbSかどうかを正しく見極める」ための仕組みが強化されました。アギラー氏は、「企業がグリーンウォッシングと批判されないよう、信頼できるツールが必要」と述べ、NbSを適切に評価・投資するための指針であることを明確にしました
金融面でも、「投資スケールを拡大し、測定可能なインパクトを生み出す場所へ資金を誘導することが不可欠」と呼びかけました。
国際機関・開発銀行からの視点
- フランス開発庁(AFD):AFD代表は、「NbSを広めるためには“あいまいさ”を減らし、“明確さ”を高める必要がある」とし、開発現場で使える実用的な基準としてのNbSを重視する姿勢を示しました。
- アジア開発銀行(ADB) 環境局長・渡辺陽子氏:渡辺氏は、「NbSは社会・経済・自然の課題を同時に解決できる手法」と強調。AFDやOECDファンドと連携しながら、自然保護スワップ、バンカブルプロジェクト、クレジットなど多様な金融手法を通じてNbSを推進してきたと述べました。「負の影響を減らし、正の影響を増やす。そのための新しいツールが、私たちを次のステージに導いてくれると信じています。」
- ラムサール条約事務局長:自身のUNEP時代の経験として、ペルー、ウガンダ、キルギスなどでのNbS事業創出を紹介。「ラムサール条約の約2,500湿地の多くで、NbS的な取り組みがすでに始まっている」と述べ、流域単位での自然再生と地域の結びつきの重要性を語りました。
更新の中身
IUCN生態系管理委員会(CEM)委員長のアンジェラ・アンドレード氏からは、改訂プロセスと内容の詳細が説明されました。
- NbSの定義は2009年に誕生し、各国政府や国際条約(CBD・UNCCD・UNFCCC)で共通概念として認知されるまでに発展。
- ISEALの推奨に基づき、5年ごとの見直しを制度化。今回が初の本格的改訂。
- 改訂には3,000件以上のコメント・フィードバックが寄せられ、チームで整理・反映。
改訂の方向性としては、次の7点が柱となりました。
- システム思考の導入
- 用語の明確化
- 利用しやすさの向上
- 公正と権利の明示
- 順応的管理とセーフガードの強化
- 財政的実現可能性の重視
- 実装条件(エネーブリング・コンディション)の整備
これにより、NbS基準はよりシンプルで一貫性があり、自己評価ツールとしても使いやすい構成になったと説明しました。
IUCN launches the Second Edition of the IUCN Global Standard for Nature-based Solutions™
まとめ:NbSを“組織文化に埋め込む”時代へ
今回の更新のキーワードは、「明確さ」「実用性」「信頼性」。NbSは単なるプロジェクト手法ではなく、政府・企業・市民社会が共通で使う“判断軸”となることが期待されています。
IUCN事務局長アギラー氏が強調したように、NbSは「活用し、育て上げ、組織の中に埋め込む」ことで本領を発揮します。更新された世界基準は、より良い投資判断、より公正な実践、より強い信頼を生み出すための新しい出発点です。
国際自然保護連合日本委員会 道家哲平