(写真:イベントの様子。本会議とはうって変わり、和やかな雰囲気の中で進められます。)

 

生物多様性条約第27回科学技術助言補助機関会合(SBSTTA27)の2日目の夜、「Integrating Biodiversity Restoration, Animal Welfare, and One Health: From Guidelines to Action and Evaluation」と題したサイドイベントが開かれました。

 

ワンヘルスにおける生物多様性の重要性

「人の健康」「動物の健康」「環境(生態系)の健全性」を一つの大きな課題として捉える考え方は「ワンヘルス」と呼ばれます。

ワンヘルスの概念において、人と動物のつながりは広く認識されている一方、生態系や生物多様性とのつながりは忘れられがちだといいます。しかし、食料、清浄な水、安定した気候などの生物多様性の恩恵を安定して提供してくれる(=健全な)生態系こそ、健康の基盤となる非常に大切な要素です。

議論では「生物多様性を包含したワンヘルス(biodiversity-inclusive one health)」というキーワードが多く用いられ、健全な生態系の重要性が特に強調されていました。

 

ワンヘルス・アプローチに関する課題

ワンヘルスの考え方をもとに、関係者が協力し解決に取り組む姿勢は「ワンヘルス・アプローチ」と呼ばれます。議論では、生物多様性を重要視したワンヘルス・アプローチが進まない要因として、資金調達、省庁間連携、現地実行能力の三項目に関する課題が挙げられました。

① 資金調達の難しさ

最大の課題として、議論でも頻繁に取り上げられていました。

  • クリスティーナ・ロマネッリ氏(WHO)の指摘によれば、WHOの予算のうち環境関連の事業に充てられる割合はわずか3%未満であり、しかも減少傾向にあるといいます。
  • IUCNは、生態系保全による疾病予防について、成功しても「何も起こらない」ため成果が見えにくく、投資を集めにくいと指摘しました。

② 組織間の連携不足 

各国の省庁間の縦割り的意識が、健康と生物多様性の統合的なアクションを妨げていると強調されました。また、民間機関や現地コミュニティとの連携不足も問題視されていました。

  • NBSAPアクセラレーターパートナーシップは、アフリカの途上国における政策実行の現状を紹介し、関係省庁間の調整不足、技術的能力の欠如、民間セクターや先住民・地域コミュニティの関与の難しさが課題であると指摘しました。

③ 現地の実行能力不足:知識のギャップ

国際的な目標は公的機関の知見をもとに作成されることが多いですが、この知見は先住民や地域コミュニティの知識と異なる(もしくはそもそも共有されていない)場合があります。健康と生物多様性に関しても、現地レベルでは生物多様性の重要性が認識されていないために、現地の政策実行能力不足に陥っていると指摘されていました。

 

課題解決のための戦略

イベントでは、前述の課題を解決するための具体的な戦略が共有されました。

① 資金の流れを変える・増やす

環境予算だけに頼るのではなく、生物多様性の恩恵(例:きれいな水、受粉、病気の抑制)を受ける保健セクターや農業セクターなど、他の分野からの資金を呼び込む必要性が議論されました。

  • ニコール・アーバー氏(Belmont Forum)は、「現在、多くの慈善財団が『気候と健康』分野に多額の資金を投入し始めている」と指摘し、この新しい資金の流れに「生物多様性」の視点を確実に組み込むよう働きかけることが重要と強調しました。

② 省庁や先住民との連携を前提とした仕組み作り

ステークホルダー間の連携を推奨するだけでなく、連携が必要不可欠な仕組みをつくることの重要性が指摘されました。

  • アンナ・スチュワート・イバラ氏(IAI:Inter-American Institution of Global Change Research)は、IAIが行っている具体的なアプローチの一つ「超学際研究(transdisciplinary research)」を紹介しました。それは、研究プロジェクトに資金を提供する際、自然科学者、社会科学者、そして地域住民や政策担当者といった多様なパートナーの連携を「必須条件」とするものであり、制度自体から連携を促す良い例として賞賛されていました。

③ 指標開発と情報共有

公的機関と民間の知識のギャップ解消に関する考えや活動事例が紹介されました。

  • アンナ・スチュワート・イバラ氏(IAI)は、衛星画像データを活用し、生物多様性と健康の関連性を測定する指標を開発する新しいプロジェクトを紹介しました。これは、昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)の実施状況を各国がモニタリングするのを支援するものです。
  • ポーラ・クリスト氏(IUCN)は、生態系回復(GBFターゲット2)の評価において、単に回復した「面積」を測るだけでなく、「生態系機能」(例:疾病リスクの調節機能)が回復したかを測る指標が必要だと指摘します。「どれだけの森林伐採が、どの程度の健康リスクの閾値を超えるのか」を科学的に解明する必要があると述べました。
  • クリスティーナ・ロマネッリ氏(WHO)は、WHOが主催した会合「オタワ・ダイアログ」を紹介し、先住民の知識の重要性と、それを政策に統合することの有用性を指摘しました。

 

生物多様性による利益を正しく認識する

生物多様性の重要性への関心は世界的に高まる一方、社会の風潮に合わせて「なんとなく」環境活動を行う団体も少なくありません。しかし、こうした表層的な取り組みでは、実質的な保全効果を上げることは困難です。

例えば、やみくもに緑地を増やしたところで、蚊が増加して周囲の人々の暮らしに悪影響を与えるようでは、その取り組みの意義は半減します。人と環境の双方に利益をもたらす施策を実現するには、「環境を守る」という行動の意味と目的を正しく理解することが重要です。

このイベントで繰り返し強調されたように、「生物多様性こそが私たちの健康や経済活動を支える基盤であるという点こそ、環境保護活動が重要である理由です。この共通認識のもとで行われる取り組みこそが、環境・経済・社会のいずれにとっても持続可能な成果を生み出すために有用であると考えます。




筑波大学大学院/IUCN-Jインターン生
福井涼士